セピア色の思ひ出
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| 2003年07月05日(土) |
** 二人の声�� ** |
(昨日の続き)
私は高校時代から、親に理学部志望をひどく反対されていた。
その理由が、理学部出たら何をするの?何の職に就くの?
だった。
実際は毎年、全国で何千(万?)人もの人々が理学部を卒業して、
不景気な世の中だから今はなんともいえないが、
いづれは立派な社会人となる方が大半だと思う。
しかし、当時、私は親の問いには何も答えられなかった。
私には、大学は「学ぶ場所」という考えが強かったから、
当時の夢といったら 院に行って、研究室入りすることだった。
今よりさらに子供だった私は「働く」ということを具体的に考えられないでいて。
でも私より随分人生を長く生きていて、社会も私より知っている親から見れば、
私の考えは相当なアマちゃんだったに違いない、と思う。
そしてまた、法学部を卒業して、今は事務所を開いている親からすれば
大学とは「学ぶ場所」というよりも、「就職への掛け橋」という趣向が強かった。
だから当時、親子は常に平行線を辿っており、
受験を目の前にした高三の頃は冷戦状態だった。
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今の私は、数年前から仲良くしている不治の病により、
学校生活も、日光が差し込まない場所…ブラインド完備 or 二部が望ましい。
且つ、立地条件が、地下鉄で通える都心に位置していること。
そして病気持ちは、就職も困難だってことは分かっている。
そういった理由は、私を夢から遠ざけさせていた。
今は日に当らないという理由で、とある学校の、
理学部とは程遠い法学部に在籍している。
それは、端から「どうせダメ。何もうまくいきやしない」と諦めていたから。
だから、とにかくとにかく安全に、無難に、生きようとしていた。
私は何一つ努力していなかった。
ただ流されて生きていて、昔の情熱だとか、強い意志だとかを
どこかに置き忘れたまま。
でも、「二人の声」により、私は少なくとも以前よりは色んな考えを
持てるようになったと思う。
ウジウジしなくなったし、これからもそうであり続けたい。
どうせ夢を叶えられないことに後悔するなら、何もしないままではなく
挑戦しても無理だったら、でヨイ。
大学で「学ぶ」。それが今の第一の目標なのだし。
前向きに。前向きに。
とりあえず最初の一歩は 理学部へ行くこと …かな。
『 ウッシ!! 』
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