かっしーのつぶやき
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| 2008年05月15日(木) |
ターマはきょうもみどり |
ターマ違う(笑
先日、初めて、新撰組局長・近藤勇の墓参りに行った。
高幡不動の石田寺や函館旅行には何度も行ったことがあるのに、近藤さんの墓所を訪ねるのは実は今回が初めてなんである。改めて考えてみるとそれは土方ファンとしてもあんまり不遜な態度だったんじゃないか、というかあのトシちゃんのことだから、土方のとこには墓参して近藤さんとこはスルーするような新撰組ファンはそれこそ士道不覚悟で(以下略)という気がいまさらしてきて、それだけ私にとっては土方歳三オンリーマイラブ人生が長かったということなのが、それはともかくせめてもの思いを込めて、掌を合わせてきたのであった。
竜源寺のすぐ近くには今でも近藤勇の血縁につながるところの近藤さんちがあって、近藤勇のお墓は今でもちゃんとその近藤家代々の墓所の囲いの中に建っている。ああ、近藤勇という人は、本当にずっと昔からそして今もこの土地にある家のその縁につながる人で、本当にこのあたりに生まれて育って、ある日たまたま時流に乗って行っちゃったけど元々は本当にふつーの田舎のアンちゃんだったのだなあ、と実感する。
日野の石田寺にあるトシちゃんのお墓もそうだった。歳三の墓、というより「土方さんちのお墓」。そこにおまいりするときは、トシさんのお墓参りだわキャーという感じではあまりなく、基本的に腰低く土方さんちのお墓の敷地の中に入らせてもらって「すみません土方家代々の皆さん、縁もゆかりも無い者ですが歳三さんのお墓にお線香あげさせていただきます」的な気分になる。たぶん私自身が、墓参りだの盆暮れ彼岸の行事だのにやたら熱心な田舎育ちの人間だから、余計にそんなふうに思ってしまうんだろう。
つまりそういう私の中の田舎DNAみたいなものがそれだけビビッドに反応してしまうくらいに、近藤さんや土方さんがそこにいたという痕跡は、今でも多摩の田舎の事物風景の中、地縁血縁のその中に、まるで息づくようにして存在し続けている。私にとって多摩の風景がなにもかも目に鮮やかに映るのは、その緑が濃いからだけではなくて、そこを通り過ぎていった「彼ら」と、後の世の人たちが彼らに馳せ続けるその思いのそれぞれの濃さが、今も深くせつなくそこここに影を投じているように私には見えるからなのだろう。
などと、昼下がり、陽炎の立つ初夏の川べりを歩きながら思った次第。
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