かっしーのつぶやき
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2007年05月05日(土) 奥武蔵天空狼神社

たかが一見の分際で畏れ多くも武蔵御嶽神社のご祭神についてあれこれ語るなどという愚は犯しませぬ。
(timutaんの日記参照)

いやほんとに、あんな天空の山の頂上にぽつねんと浮かんでいるかのような修験道の集落、しかもその集落の人口のうち約4割が神主(!)なんてところにのほほんとケーブルカーで出掛けていった私のような一観光客が、そこのご祭神に対してあれこれ書散らすなんざまことに不遜の極みというものです。ええもうほんとに。

この天空の集落で代々暮らしているという人たちの圧倒的な存在感の前には、「あの狼神社に祀られている狼というのは実はヤマイヌで」とか「真言密教に比べて天台密教は分裂と対立を繰り返していて」とかそんなことを人に向かって賢しらに講釈たれるおのれというものがなんとも浮薄な人間に感じられましたです。

私は、自分が学生時代に民俗学だの文化人類学だのを生半可にかじったために、こういう特定地域の異文化や特異な風習を見聞きした時にさも自分のほうが物を知ってるんだみたいな所に立って事象を見下ろすような視点を持つことがあって、自分でも嫌だなあと思います。そこで暮らしを営んでいるのはそこにいるひとりひとりの人間の心と身体であるのだから、「論理的に正しい」結論なんて出すことに本当は意味なんかありはしないのに。


大学時代の恩師の言葉を思い出します。

「修験道には手は出すな。君らのような学生に手におえる相手じゃない」

今思えばこれは、もしかしたら、己の「知識欲」のようなものに自分で飲み込まれて目前のものの本質を見誤るような研究はするな、という遠い戒めであったのかもしれないな、と。


山菜の天ぷらなぞをおいしくいただきながら心ひそかに自戒を新たにした、端午の節句でございました。


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