かっしーのつぶやき
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2006年07月16日(日) 友を選ばば書を読みて六分の侠気四分の熱 2

「次のお仕事は舞台、脚本はマキノノゾミさん」

前回のチャーちゃんのお茶会でそう聞いた時、私は驚きのあまり体温がぐわっと上がったような気がしたのでした。
そしてさらに「舞台の時代は明治時代、役柄は管野須賀子で途中から幽霊になって登場」と聞いた時にはもう心の中で思わずガッツポーズ。

だって私にとってマキノノゾミ氏って、いまだにHAPPYMANでピスケンのイメージだったから。学生時代に大好きでたくさん観ていた、幕末とか明治とか大正とかの時代背景を暑苦しくもいとおしい人々が切なく右往左往するってそういうお芝居。あれから月日は流れ、そのマキノ芝居に、私のチャーちゃんが出る日がまさかこようとは…


今を去ること十数年前、私が一番好きだったマキノ芝居が『ピスケン』という作品でした。舞台は大正の最後の年の暮れ、横浜の場末のバー。現世の端に引っ掛かったように生きる女主人とヘタレな説教強盗の邂逅、きらきらと現れては消えるアナキスト大杉栄と伊藤野枝の幻影、ドン・キホーテのような萩原朔太郎と自称新婦人の妻、そして淋しく恐ろしい亡霊のような甘粕正彦。みんな既に傷ついていて不幸で、疲れた空元気をまとって現れて、ひとときだけ美しい泣き笑顔を見せては去っていく。残酷だけれど愛しいような、辛いけれども優しいような、そういうお芝居でした。

『妻をめとらば』の話のあらすじを聞き、そして場所は新歌舞伎座と御園座、主演は藤山直美さんなら、これはきっと明るく優しいお話で、『ピスケン』をポジ反転したようなお話になるんだろうなと思いました。そして、そのピスケンのポジ反転的なお話の中で、「主人公を元気づけに現れる管野須賀子の幽霊役」ときたら、これはもう絶対に「いい役どころ」に違いない、と確信したのでした。『ピスケン』の伊藤野枝のように、きらきらした純粋さがそのまま凝ったような優しい存在に描かれるに違いないと。


それはまったく私の頭の中に立ちのぼった直感イリュージョンに過ぎなかったのだけど、でもなんだか激しく確信してしまい、なんと私はそのお茶会での握手タイムで、チャーちゃんの小さい手を握り締めつつ

「今度の管野須賀子役は、絶対、いい役だと思います!」

とえらい勢いで断言してしまったのでした。
チャーちゃんがあのおっきな目をくるくるさせて、ほんとですか?と笑顔で応えてくれたのを見て、さらに言を強めて
「はい!きっと、絶対、いい役のはずです!」
だからぜひ、頑張ってください!とやたら鼻息荒く断言するファンを相手に、今思えばチャーちゃんもさぞかしリアクションに困っただろうなと思います(笑)


実際に『妻をめとらば』を観て、私はチャーちゃんに嘘をつかずに済んだな、と思いました。
観てもいないのに「絶対いい役だから」と断言していった訳わからんファンのことを、チャーちゃんは思い出してくれることもあっただろうかとヘンなところに感慨無量になりながら、客席に座っておりました。

劇中、管野須賀子は与謝野晶子に向って言います。

「あなたの作品を夢中になって読んだわ。
 私、あなたを見つけた自分を、誇りに思うわ」

いい台詞だと思います。
そう、「じゅ・てーむ」なんて壮大な言葉を誰かが誰かに向かって笑顔で言い切れるのは、自分がその人を“見つけた”ことへの矜持があってこそのことだと、思うのです。
人が人を「視る」ことの深淵さとその熱さを誰より鮮やかに私に教えてくれたチャーちゃんが、この台詞を、ぽん、とこの舞台に置いてくれたことで、私にとってこの作品はきっと忘れられないものになるだろうと思いました。


観劇終わって、名古屋駅で新幹線を待つ間、Tさんとしばし歓談。
Tさんは、匠さんは印象的なおいしい役だった、着物の立ち姿の襟足や幽霊ポーズの手首のラインがとても綺麗でさすがだなと思った、等々たいへん誉めて下さいまして、私はもう我が子が誉められた親のようにほくほくと嬉しかったんでございました。またその誉めポイントが、匠ファンの私が「ここですココ!匠の、ここを見てやって下さい!」と指差し主張したくなるようなところを実に的確に見とって下さってて…ううう。私こそ、さすがTさんだなあと思いましたですよ。
そもそも、何をかくそうTさんこそその昔、私にマキノ芝居の面白さを教えてくれたその人に他なりません。そのご縁がめぐりめぐって今日こんなところで輪を結ぶとは、なんとも不思議な人生の妙じゃありませんか。いきおい「今回のこのお芝居って、明るい『ピスケン』みたいだね〜」と、思い出話もあれこれ出て、楽しかったです。「『ピスケン』じゃショボい警官役で脇をチョロチョロしていたあのもぼ鈴木が、共同脚本書くまでになったのねぇ〜〜」とか(笑)。

そして楽しい時間はあっというまに過ぎて、梅雨明け前のうすあかりの中、東京への帰路につきました。


今回の名古屋行はいろんな意味で「素」に帰る旅だったような気がします。
このごろ、自分の日常の中で、いろいろな事象を受け取る際にそのままの形ではどうにも受け取れなくて、仕方なしに心に入れる前に噛み砕いたり角を落としたりフィルターで漉したりしないと容れられない感覚みたいなものがずっと背中にくっついたままだったんですが、この週末に会った昔なじみの人たちの言葉や立ち居振舞いは、私にとってはそのまま丸ごと受け取ることのできる、慣れ親しんだところの優しいお水のような感じがしました。

7月半ばの名古屋はとても暑かったけれど、心はとても潤いました。
近いうちにまた、行きたいなあ、名古屋。

で、次はぜひ味噌煮込みうどんとひつまぶしとに小倉トーストにトライしたいです(笑)


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