■ 腰痛日記 ■
ケイの10年にわたる痛みの治療体験を少しずつ書いていきます

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2004年07月06日(火) 腰痛体験記(11)

TMSの掲示板に書かれた体験記
とても素晴らしい文章なので
ご本人の許可を得てここに載せます




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:::::::::【我が快痛記】:::::::::


闇夜のしじまが家々の軒下にまだ残っている頃、私は家の前の道路で軽く準備体操を始める。

走る車の姿は無く,時々水面を走る水澄しのように新聞配達員が走りぬける。空気は澄み音もしない夜明け前、TMSから開放された喜びと共に朝の散歩が始まる。



5月の上旬に、「腰痛は(怒り)である」に出会ってから約2ヶ月、あのなんとも表現の仕様も無い痛みから開放されて、心ウキウキ、身は軽々!

娘の家に草むしりのボランテイァに出かけてもTMSは訪れ無い。無論、筋肉の疲れから痛みはある。しかしこの痛みは、TMSの痛みとは違う。

言って見れば「心地よい痛み」である。



最近の一月間は、色々な不思議な感情を体験した。
17年間のTMSとのお付き合いから来るものであろうと思う。腰痛を口実に様々な事から逃れてきた。言ってみれば腰痛に甘えて居たのだと思う。

現在、TMSで苦しんで居られる方が読まれたら腹を立てられると思うが、自分に正直な感想である。長い事歩いた後、庭仕事をした後、TMSが訪れそうになる事がある。

「怒り」の中では怒鳴りつける方の例が出ていたが、これは私には効かなかった。私は「読書療法」が大好きだ。どんな本でも読むときの環境(これには自分の精神状態も含まれるが)によって思わぬ発見があるものである。

私の最大の欠点は本を斜め読みすることである。大学時代膨大な本を読みこなさなければならなかったので、自然と速読が習慣になって仕舞ったのだろう。だから「怒り」を読む時でも3行ぐらいを一緒に読んでしまうので、読み落しが多いらしい。

だから読む度に新しい発見があるのだと思う。



それにしても世の中には不思議な現象が有るものだ。
専門家である筈の整形外科医(このようなお医者さんばかりでないことは、TMS Japan から教えて戴きましたが)の言う事を一生懸命守って居た時には痛みが増し、痛みを無視して若かりし頃の生活に戻した途端、痛みが去って行ったことも、この不思議な出来事の一つとして数える事が出来るだろう。

何事も過ぎると言う事は良くない事だと今にして思う。どんなに医者に止められても、好きな酒は止めないくせに、「安静にしていなさい。」と言われると、多分お医者さんが診断した以上に安静にして居たのではないかと、日光猿軍団宜しく反省の日々だ。

私の場合は特に「加齢」と言う言葉に弱い。或いは年をとった事に甘えていたのかも知れない。でも年令にこだわるのは、素人の私だけではない。専門家の医者もそうだと思う。

17年前、ギックリ腰で通院した折、初めて「加齢」と言う言葉を聞いた。

50歳の患者に30代の医者がである。では青少年にギックリ腰は無いのか?ある医者は「加齢だけではこんなに酷くはなりません。もっと痛くなったら手術をしましょう。」とおどかしよった。まるでモルモットである。

また別の医者は、何の説明も無しに脊髄に注射を始めた。何の注射かを聴いても、碌に説明もしない。さすがに怖くなり、この病院(政府系の病院でした。念の為。)には二度と通わなかったが。今、全てとは言わないが整形外科医が何故説明が出来なかったか、「年令」にこだわったのか、分かったような気がする。

痛みの原因が解明されて居なかったのだ



私は4通りの散歩コースを持っている。2キロ、3キロ、5キロ、7キロ。大体時速4キロでこれらのコースを歩いている。もう15年来のことである。

四つのコースの途中に、川の土手を通るように組んだ。梅が咲き、桜が綻び葉が茂る。川の土手は春夏秋冬、それぞれのたたずまいを見せてくれる。田舎に住む喜びを満喫しながら歩き続ける。椎間板ヘルニアと診断されてから中止してしまった、「剣」の修行を再開させようかと目論む今日、この頃である。


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