佐山葉月の日記
うかうか一年。地味でぽやんとした趣味の毎日。

2008年12月20日(土) 僕は俯いて歩く

ツレがマンサンのベスト盤を買ってきたので付属のプロモ集DVDを見ましたが、はっきり言ってださいです(笑)。曲はめっっっっさかっこいいのに!て点でストーンローゼスを思い出すよ!
ボーカルのポールが無駄に男前で、若い時のビデオなんかほんと可愛いんですけどねえ。
このベスト盤は本国で2年前に出ててやっと日本盤が出たのですが、オリジナルアルバム全部(て言っても3枚しか出してない)持ってるしシングルも持ってるからいいかーと、買わないつもりだったのです。
でもツレが「お布施」と言って買って来た。「お前がプラの初回と通常を買うようなもんだ」と。何も言えません!
ポール、早く活動してくんないかなー。

マンサン(Mansun)は2003年に解散したイギリスのバンドです。声質やら曲調がかなり昔のラルクを思い出す感じです。すんごい好きだったんですが、これも結局一回もライブ見れず終いでして。
ネジでカバーしてくんないかなーとけっこう真剣に思ってます。曲はレガシーかネガティヴあたり。


最近買った矢野顕子さんの弾き語りアルバム「ピヤノアキコ」を聴いてて、カバー曲というものの意義を考えました。
このアルバムは半分くらいはカバー曲なんですが、解説で「ヒトの曲、ヤノが唄えばヤノの曲」とあったようにまったく彼女の曲になってしまっていまして、それは矢野さんの実力がものすごいからだということは明白で。良い曲を選んでいるのは当然ですが、このアルバムが良いのは彼女の歌い手としての力である、ということで。
SMAPの曲とかも入ってて、わーこんな良い曲だったんだ、と気付かされたりもしたんです。すごいなーって思った。

曲って、唄う人によって全然変わってしまうものだと改めて思いました。
逆にどんなに良い曲でも、歌い手がつまんないとちっとも良くないものになってしまう。

ネジの良さの一つって、そこにあるんだと思うのです。過去の名曲たちを、バンドが綺麗にお色直しして太朗くんの唄で仕上げをして、その仕上がりがとても素敵になってる、という。
本人たちにとってはオアソビの範囲だろうけれど、それで改めて唄い手としての太朗くんの力を見せられてる、そう感じます。
いっこ前の凡庸で、涙のリクエストでなんかぞくぞくしてしまったんですよね。バラードならともかく、涙のリクエストってとこで、うわーこの人の唄ってすごい、と改めて思いました。

まあ太朗くんの唄い手としての力、というものは、プラの歌詞を他のメンバーも書くようになってからすごく感じてたんですけれど。作詞した曲としていない曲の差を感じさせないとこに、バンドの結束と竜太朗くんの実力を見た気がして。
(逆に「あー…」て思ったのはバカ/ピアノのカバーシングル。特にライブでやった時、ピアノの方は思い入れを感じたのですが、バカの方は全然つまんなかった。気持ちって出るな、としみじみしました)

子供の頃から、親がNHKのAMラジオを目覚まし代わりにタイマーにして早朝にかけていまして、それも午前6時台とかで、毎朝その時間に流れるのが「心の灯火」というキリスト教系の番組でした。
その番組の冒頭、アナウンサーが毎朝同じ言葉を朗読するのです。

「心に愛がなければ、どんなに美しい言葉も相手の胸に響かない」(聖パウロの言葉らしい)

私はこれを、それこそ幼稚園の頃から中学生位まで、毎朝毎朝聴いていたのですが、今になって思えばこの言葉はとても真理で、唄い手についても当てはまる言葉だなあと思います。
どんなに美しい言葉も、気持ちがなければ響かない。どんなに良い曲も、つまんない唄い手に唄われたら届かない。
シンプルで当たり前なことなのかもしれないけど。


拍手下さった方、ありがとうございました!


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佐山葉月 [MAIL]