どうやら昨日のアンジェロアルビノバッティング事件(…)が自分的に相当ショックだったらしく、寝ようとベッドに入ってから急に時事ネタちっくなキリ潤が浮かんでしまいまして、今日の夕方から一気に書いてしまいました。 解散を書いているわけではないですが、ていうかそのことは出ていなくてある意味パラレルというか時間軸は曖昧ですが、それでも現実とリンクした感じの内容ですので、ご注意くださいませ。でもご覧になっていただけると、そして感想なんかいただけたら嬉しいです。
ある意味で、私の解釈する現状での「キリトと潤」を思い切り反映した内容です。 そして想いっきり願望が入った内容です。せめて、こんな感じであって欲しいという。 明るい話では決してないのですけれど。 (ちなみに、潤さん出て来ないんですけど…)
私には、去年くらいから解散までのキリトは「とっくにひびが入って壊れかけているものを両手で一生懸命押さえて、手が切れて血が出てても必死で押さえて、まだ大丈夫、きれいでしょ、そう言っている」という、そんな感じがしてました。 そして解散後のキリトは「壊れてしまったものに背を向けて、一生懸命新いものを作ろうとしているのだけれど、それはとても元のものに似ていて、だけど決して同じものにはなっていかない」という、そんな風に見えていました。 今のキリトは…なんだろう、壊れたものを大切にだけど少し歪めて保存しながら新しいものに向かってひたすら進もうとしているように見えて、でも足元では壊れたものの残骸をまだぐちゃぐちゃとかき回している、そんな風に見えるのです。
そして、今だからあえて言いますけれど。 キリトは、本当はアイジよりも潤さんを理解できてなかったんじゃないかなあと。本当の意味で、ずっと理解することなくきてしまっていたのではないかなあと。そう思います。 ある意味アイジは、ぶつかることは多かっただろうけれど、それでもそういうぶつかる部分が分かっていたから、抜ける云々に関してもある意味理解というか予想はできたかもれしれなくて、でも潤さんに関しては、本当に理解できなかったんじゃないかなあ、と。潤さんが何を思って、どうしてそういう結論を出したのか、全然理解できなかったんじゃないかな、と。もちろんいちファンである私も理解できてるわけではないのですけれど、少なくともメンバーという立場同士で理解できるであろうレベルまでも、本当は理解できてなかったんじゃないかと、
…寂しいけれど、そう思うのです。
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