2005年05月08日(日)
兵庫県のJR福知山線で脱線事故が起きてから2週間。 その2週間前の雨の日、私は鎌倉に行った。 実は、その日、私が行きに乗った私鉄は6分遅れていた。 原因は乗客のカバンがドアに挟まって、そのあと、安全のために車両点検をした事だった。 私が乗っていた約50分の間、どの駅を出発する時も遅れた原因と特に雨の日でこれ以上スピードを上げる事ができないため、6分遅れのまま走行している旨を車内放送していた。 恐らく、閉まりかけたドアに飛び乗った乗客のカバンがドアに挟まったのであろう。 私鉄側に何の落ち度もないのである。 それどころか、きちんと正しいことを行っているのである。 それなのに、私は降車駅が近づくにつれて、6分遅れが縮まらないことにイライラしてきた。 それは、他線への乗り換え時間が8分しかないからである。 定刻通りに私鉄が走行していれば、8分でも十分乗り換える事が出来る時間だった。 私と同様に考えていた乗客は多数いた様で、降車駅のドアが開くか開かないうちに脱兎のごとく走り出す人々がいた。 しかし、雨の日に私鉄の改札を出て、歩道橋を渡り他線へ乗り換えるのは2分では足りなかった。 走って乗り換えようとした集団の誰一人として、その電車には乗れずに、ホームで次の電車の時刻を確認していた。 次の電車まで15分。 その時間が長く感じられ、私は「車両点検までする必要があったのかな」と思っていたのだった。 これが脱線事故を起こした福知山線のように、運転士のミスによる遅れだったら、そのイライラ度はもっと増していたであろう。
福知山線の事故の最終的原因は、まだきちんと発表されていない。 しかし、伊丹駅までに既に30秒遅れだった上に、40mのオーバーランで同駅を出発する時には1分30秒遅れになっていたのを、取り戻そうとしたスピードの出しすぎが発端だった事には違いない。 何よりも安全性よりスピードを優先してする営利優先主義のJR西日本の企業体質が一番の問題だった。 日本は、世界中のどの国よりも電車が時刻表通りに走っている。 長い間、それが自慢できることだったが、いつしか、それが当たり前になり、その上にスピードを求めすぎていたのではないだろうか。
自戒をこめて今は死語となってしまったが、以前使われていたフレーズを思い出した。 狭い日本、そんなに急いでどこへ行く
最後に、犠牲になられた方々のご冥福と、怪我をされた方々の一日も早いご回復をお祈りします。
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