kaorinのしょーじき日記
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2004年06月06日(日) むしんになれること

ここのところ・・
通常生活の中で自分自身が
やだなあと思うことが多いです。

意識過剰だったり、自分の言葉が足らずに
相手に誤解を与えたり
そういったことで落ち込んでしまうのです。

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息子が以前通っていたカトリック系幼稚園では
祈りの時間があって
息子も時々・・自分で納得がいかないことがあったり
かみさまとおはなししたい気分のとき
お祈りをしています。

かみさま、きょうは○○のひ、でした。
(○○は天気のことが多い 苦笑)

ここからこーで、あーで、こーで、あーで・・
とえんえん自分の思っていることを語ります。
聞いている私の指がしびれるくらいのときもあって。

語っているうちに自分なりの結論をだして

こうなので、かみさま、おまもりください、アーメン

で・・お祈りはおわります。

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私は自分が神さまとお話しすることはないけれど
無心になれることはいくつかあります。

ひとつはこの日記を書いているときです。
これは無心になって書くことに集中しています。

あとは読書しているときと
お菓子を作っているときと
ドライブしているとき。

お菓子は自分が食べたくて作るというより
作りたくて作るというのがあります。

自分がこどものとき無心になれるのは
ピアノやリコーダー、フルートの練習をしているときでした。
楽器の練習が私に与えたことは多いです。

楽譜も読めないところからはじまってすこしずつ
自分の指やくちびるをつかって音を作っていくことは
とても気持ちのよいものでした。

高校時代にやっていた合唱も自分の声が
他のパートの人の声をあいまって
ひとつの旋律になることは晴れやかな気分になって。

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やはり・・自分の行動や言葉を分析すると
自分勝手さが目立っているなあ。。

自分の真意が相手に伝わらない切なさは
痛いものがあります。

少しずつ自分が変わらないといけないなあと
雨の車の中で感じました。。


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