お友達のお子さんの一人がラボを辞めたいと言ったとか。 理由のひとつがミニラということ。 「ミニラ君は英語がしゃべれる。私は同じに通っているのにしゃべれない。だったら私がラボに通うことに何の意味があるの?」ということだったそうで。
そうか、そう思われることもあるのか。 そういう疑問が出てくるだけ、そのお子さんは非常に聡明だし、理知的だ。 ミニラの言語に関する興味は、他のお子さんが何かひとつのことに熱中する、例えばそれは自動車や鉄道の名前を覚えることでも、女の子ならビーズを組むことでも何でもいいのだけれど、それと同種なのだと説明しても、なかなかわかってもらえることではない。
かといってラボの良さは英語がしゃべれるしゃべれないにあるわけではないと、今言ったところで、その「今」を生きている子供たちにはなかなか理解できないだろう。 まいったな。
今日の1冊:「天と地と」
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