| 2003年03月14日(金) |
「大目にみてあげて」 |
お引越しされるお友達とのお別れ会。 2年近くラボでご一緒だったので、やっぱり寂しいですね。 その後少しみんなで公園で遊び、その後ラボへ。 公園ではみんながすべり台を楽しんでいるのに、相変わら滑り台の階段が上れないミニ。 高いとこはほんとに苦手なようだ。 ま、こちらも無理にやらせてないわけだけれど。
ラボは、幼稚園児が全員一緒のキディクラスで、そりゃまあすごい騒ぎである。 ん〜〜・・・ちと、考えてしまいます。 そして、ミニは例によってふざけっぱなし。 みんなで輪になって歌うところでも一人でふざけて輪から飛び出たりするのだ。 全然真面目じゃないの。 これってちゃんとしたのが好きなママからは絶対顰蹙ものだと思う。 終わってからの連絡ノートには「少々のおふざけは大目にみてあげてください」との先生からのメッセージがかかれていた。 先生は私がこのことでミニを怒るのではないかと心配なさっているようだ。
が、実は私は「ふざける」ことをさほど悪いことだと思っていない。 もちろん公共の場で騒ぎまわるのはまた別。 でもその他の日常生活の中や、ましてやラボに来た時などは「ふざける」ことを「ちゃんとしていない」ととらえるより、その子のユーモアというか・・・ん〜、うまくいえないけれど、「型にはまっていない」部分ととらえたいのである。 笑いのないくそ真面目な子になって欲しいとも思わないし、何より笑えるというのは素晴らしいことだし、「いい子」である必要を私は全然感じないのだ。
誰よりも私自身が幼少から「いい子」であろうとし、回りにもそれを求められ、決められたことをきちんとできる几帳面なタイプであったために、その限界が肌身にしみてわかるのである。 十を完璧にやろうと思ったら、それに固執しすぎて十一の発想は出てこない。 中にはそれでも心と頭脳が柔軟、という方もいらっしゃるだろうが私は駄目だった。 与えられたノルマをこなそうとするだけの、面白味のない子供になってしまい、結果、強烈な反抗期を迎えてしまったのである。 私がミニにものを教えたくない、と思うその原因は、こういうところからもきている。 ママが積極的に教育に参加? しないしない(笑)。 絵本も買うし、ビデオも見せる。 でも私から「本を読んだら?」とは絶対に言わない。促さない。 ミニが聞いてきたことだけに答えることにしているのだ。 「大目にみてあげて」どころか、母自身がいい加減なのだな、つまり(笑)。
今日の1冊:「The Turnip」「Sukh's White Horse」 「スーホの白い馬」は私も大好きだった本だ。 ミニは馬になってました、馬に(笑)。
|