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2006年06月21日(水) ■ |
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| 教育現場の問題は…続きがあるとは…
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過日書き記した話は、わたしが見聞した事実なのだが、 事件の真実はもっと凄惨だったらしい事を 人づてに聞く。 人づてくらい、いい加減なものはないのだが、 わたしに話した人に真実を伝えた人が、直接被害者の親だというのだから あながち嘘でもあるまい。 わたしに話したその人はPTAの幹部で、 学校の対応に疑問を感じて何かをしなければ!という義憤に駆られたようだ。 当然の事だと思う。 そして わたしに意見を求めるために、その話を教えてくれたので、 わたしも真実と学校側の発表にかなりの温度差を感じて、同じく憤ったのではあるが…
こと、プライバシーに関わるので、わたしが知り得た学校発表以外の事件の詳細は書かない。
学校は何を目的として事件の真実をストレートに保護者に伝えなかったか。 わたしが考え付く範囲では、一重二重に、生徒たちの動揺を最小限に抑え、 一刻も早く平常の学校生活を取り戻したかった ということに尽きるのだろう。 学校を保護者や教育委員会やマスコミなどの社会的な評判から守るためではなく、悪戯に事を荒立てず済ませたい というのが本意であろう。 そして多分、それは概ね正しい判断だったのではないか。 PTA役員には 保護者代表の役員として真実を知る権利もあると思うが、 それを全ての保護者に公開するかどうかは賛否の分かれるところではなかったか。 ガラス1枚で、警察警察と騒ぎ立てる保護者たちに、 本当に学校で起こったことを ストレートに伝えたらどうなるのか…。 とはいっても、今回の場合 全てが後手なので、PTAは真実すら人づてで後聞きになってしまったのだが。
真実を明らかにしようとしまいと、PTA総会にもろくすっぽ出てこない保護者たちでは 今回の問題を解決することはできない。 何度か書いたが、この学校の保護者たちは 我が子の授業参観には参加しても、その後の時間に行われるPTA総会は殆どが欠席、 面倒な公事は人任せな人たちばかりだと言っても言い過ぎではない。 (先日の緊急保護者会には いまだかつて見たことがない人数が参加していた)
他人の子の非道や悪行を批難するのは簡単だ。 大半の保護者がそうであるように。
しかしあえて言う。 夜中に徘徊して 家に戻らないような中学生の子を放任したり、 子どもの自由にさせているような家庭の親に厳罰を。 子どもの悪事は 全て保護者が責任を取ればよいと思う。 青少年犯罪の加害者しかり、光市の母子殺人事件でも、 未成年ということが処罰のネックになるのであれば、親が責任を取ればよかった。 その覚悟で 子どもを育てずして どうやって良き社会人が育つだろう。 良き社会人の育たない社会に 日本の未来などない。
親が頼りなければ頼りないなりに 反面教師で立派な子が育つ場合もある。 片親は 必ずしもハンディとはならない。 貧困は 必ずしもハンディとならない(ハンディとなるような貧困は 政治レベルの問題である)。
しかし残念ながら、親の価値観は子どもの価値観とほぼ一致する。
簡単に高価なペットを流行で手に入れ、都合が悪くなったら簡単に捨てる家庭、 深夜の居酒屋やファミリーレストランで 幼い子を連れまわす家庭、 子どもの自由を尊重する、と言いつつ 親の善悪の倫理観が確立していない家庭、 トモダチ親子などと 子が親の名前を呼ぶ気持ちの悪い親子関係を自慢する家庭
教育現場の問題の全ての根本原因は 各家庭にある。
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