rioshimanの日記
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昨年(2001年)秋ギリシア旅行をした際に予期しないハプニングが起きた。全く計画してなかった見知らぬ島に二泊したのだ。
その名は「スペツェス島」。アテネから高速フェリーで最初に向かった目的の「イドラ島」で降りられなかったのが原因だが(2時間ぐらいの距離なのだが時刻表より相当早く到着した為まさか最初に着いたのがイドラ島とは判断出来なかった)フェリーはどこに行くか判らないままに長い間航行しつづけた。私は地図を懸命に見ながらこのあたりの対岸の名跡地に着くのではないか、目的になかった史跡を見るのも又いいのではないかと新しい旅の覚悟を決めた。 やがてフェリーは小さな島に横付けされた。そして客の大部分がゾロゾロ降りて行くので私の体も自然にどこだろうと後にくっ付き降りてしまった。
時刻も夕方になっていたので引き返すフェリーはないとのこと、仕方なくその日の宿を探すことにした。 後で調べて分かったことだが、このスペツェス島も人気あるリゾート地で、'86年には村上春樹氏が居をかまえ一時創作活動をしていたそうだ。宿には困らなかった。 私は港の周辺を数回廻って割合にこじんまりとし、花で飾られた宿の階段を上り二階部分にある入口のドアを叩いた。 しばらくして何事だろうという顔をした小柄で上品な老婦人が現れた。彼女の顔を見てホッとしたのか私の口から最初に出た言葉は、何と「二晩泊めてください」だった。全く予期せぬ出来事で自分でも自分の突飛な行動に軽い驚きを覚えた。
もう季節は10月、夏には海水浴客で賑わうだろう部屋たちはガランとしていた。道路側にある一番明るく小奇麗な部屋を与えられ、一人客である私にいろいろ気を使ってくれたことは言うまでもない。おばさんの片言の英語と私の片言のギリシア語とジェスチャーを織り交ぜながら。
緑色の島はのんびりとした時間が流れ、美しい砂浜やホテル前の海で数名の客が何の気兼ねもなく泳いでいた。二日間ずっと私は島を歩き回り、数枚のスケッチと数十枚の写真を残した。 出発の日にはほつれたバッグを縫って頂き、お礼に私は日本から写真集を送ることを約束した。
その約束は残念ながらも未だ果たしていない。 彼女に書いて頂いたギリシアの住所が判断できず、先日ギリシア観光協会に行って活字に直してもらって来る。
そして今月からはまた某カルチャー教室でギリシア語の勉強を再開する。 実はこの教室には少し問題があり、生徒の大半が一挙に止めてしまった経緯があるのだが。それに類することが何とまた今度の第一日目から起こってしまったのだ。 それらの事情をあるいは書く機会が訪れるかも知れない。
とにかくギリシア語の宿題が残っているのだ。昨年旅して一生付き合うであろう言葉の楽しい宿題でもある。先ずは第一課題として。
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