| 2002年11月21日(木) |
「新・ゴーマニズム宣言スペシャル:脱正義論」 |
「新・ゴーマニズム宣言スペシャル:脱正義論」(小林よしのり著,幻冬社)
内容:小林よしのりが関係した薬害エイズ問題について、経過,自分の考えを踏まえてレポートした漫画。「支える会」を追放されたいきさつを軸に小林氏の「団体」についての考え方が熱く描かれている。読者からの手紙や運動に携わった秘書のレポート等、文章も豊富。
読みたくて読んだ本でなくて、外出時、手持ち無沙汰な時、知人が図書館から借りていた本を横から拝借したもの。自分から読もうとは思わない本です。 や、「嫌い」なんでなくて、小林氏の意見に共感出来る所が多く、考えさせられる部分も満載で、感情移入とかばんばんさせられて、読むと疲れると言うか、私のぬるま湯のような生活が崩されるからです。だから文章は流して読んだだけ。「読了」と言えるか怪しい。真剣に社会を考えたい時、自分の思考を固めたい時に読むと良い起爆剤になると思います。
「個の確立」が一番ふむと思ったかな。最近の若者(に限らないでしょうが)はそれが出来ていない、と。 「個人主義」が行き過ぎている現代とか言われますが、人が「個を確立する」と言うことと現在の「個人主義」とは似て非なるものだと思いました。 現在言われている個人主義は、「他人の介在を許さない」「他人と関わり合いたくない」で、それは突き詰めると介在されると揺らいでしまう、脆弱な「個」しか持っていない表われで、「他人と交わる事が上手く出来ない」社会的未熟さの表われで、「自分が安心して暮らしたい社会のくせに、その社会を作り上げる一助を担うのは拒否したい」幼児的な快楽主義の表われでもあるわけですね。一方「個の確立」についての定義は固まっていないので保留。…いえ、今現在考えられる定義はあるのですが、もう少し材料増やしてから言葉にしたいので。一辺言葉にすると結構固定されてしまいますし。
同僚で「他人に迷惑をかけるのもかけられるのも嫌」と言うおばさまがいらっしゃいます。「私、個人主義だから」って、この人の言う個人主義ってのは上で言う個人主義なわけですね。 仕事で付き合わなければいけないのでなければ速攻でこんな人とはバイバイします。他人と関わって生きると言うことは、「迷惑」をかけつづけて行くものです。かけられ続けるものです。例えば「仕事」は一つの負荷…「迷惑」でしょう。これに対しては「給料」と言う「報酬」があるから良いのだとそのおばさまは言うかもしれません。が、給料が幾ら有っても負荷が存在したことには変わりが無く、給料と言う、会社側にとっての負荷とで相殺されると言う考えは感覚論に過ぎません。…まあその手の詭弁を弄するつもりはないのですが、一つ言わせて戴けるのなら「そんな考えで私と関わっている貴方の存在自体が私にとって迷惑」で、「貴方は私に迷惑をかけている」です。しかもそういう人に限って「私が貴方に迷惑をかけるかもしれないけど、改善していくので許してね」なくせして「貴方が私にかける迷惑は許せない」なんですよね。けっ。 人の中で生きていくには「迷惑かけない」なんて無理と言うか無意味と言うか社会の本質を見失っている愚考ですよ。本当にそうしたいなら無人島か廃村か、とにかく人間の居ない所にでも行って実現させて下さいって感じ。 …こんな所で職場の不満を吹き出してどうすんだか。(笑) ちなみに私は好きな人にかけられる迷惑ならむしろ歓迎。迷惑はあまりかけたくないけど、好きな人になら多少甘えさせてねと思う時もある。嫌いな人相手だったらどっちも嫌…はっっ、おばさま、もしかして私が嫌いか!?
まあ、何だ。「考えている人」「行動している人」に関わると伝りますよね。そういう意味では感染力の高い本だとは思います。「闘う人」というのは本当に凄いと言うか、体力があると思いますよ。…でもおばちゃんちょっと疲れちゃった。
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