読了日記

2002年10月20日(日) 「梅若六郎能の新世紀:能楽入門3」

「梅若六郎能の新世紀:能楽入門3」(氷川まりこ文 ;梅若六郎監修,小学館)

内容:分かりやすい能楽入門書の第3弾。シテ方観世流能楽師・梅若六郎と、彼が積極的に手掛ける新作能の話を中心に多くのカラー写真を交え紹介する。


何時の間に第3弾出てたんだ…あ、4月ね。1巻と2巻は丁度去年の今頃買って、去年の11月にして能楽鑑賞の助けにしました。…本読んだから舞台がより面白かったと言うことはなかったけどね。

梅若六郎をはじめ、各人のトークに結構感じ入る所が多かった。下手すると説教臭く思えるトークがすんなり心に響いたのは語り手が上手いからか私がそういう世界を好むものだからか。

写真が奇麗〜。小物も舞台も見るだけでうっとり。…しかし能面というのはそう大きくないものだから、舞台では気付かないけどこうして写真に撮るとシテの弛んだ顎の肉が鮮明に写っていてちょっと興ざめ。やはり静止画って言うのは限界がありますな。
淀君の面が新鮮でどきっとしました。一番見たい新作能はこれかなぁ。

今まで読んだ入門書の中では一番盛りだくさんで分かりやすく、楽しかった気がします。これから何か読もうと言う方にはこのシリーズがお勧め。

今までにナマで能を観たのは5回程度かなぁ。5番までやったものについて言えばたった1回きりです。(笑)大した数ではありませんが、舞台芸能の中では能が一番好き。在り様が好き。
能の好きな所は変わらない所と体中の隅々まで神経が行っている所。
流派によって違いはあるけど、基本的に同じ題目であれば演者が誰であれ同じように舞う(←悪い意味でのアドリブがない、と言う意味)。逆説的に、だから、演者の個性が際立つのだと思う。
ちょっとずれるけど、子供に学校の制服を強要するのは「生徒の没個性化に繋がる」とか言う人が居ますが、バカだね。経済力も無いガキが誰の力に因るか知らない私服で本当の個性が出るか。その中に個性は無いとは言わないけど、表層を飾る事で出る個性は所詮表層のものに過ぎないでしょう。他人と同じ服を着せられてかつ現れるのがその子の内面の個性で、人が一般的に尊重したがる「個性」ってのはそこじゃないんですかね。
と、言う意見を持つ私には「どの演者も同じ舞いをする、その上でその演者の個性が出る」というシチュエーションがたまらなく好きなのでした。
&能は動きが少ないので、手とか声とかの表情で表現しないといけない。だから本当の末端まで神経をやらないといけない。その緻密さが美しいと思う。

去年、「エリザベート」を東宝ミュージカルと宝塚で観劇しまして。
東宝は、ダンスが私が望むよりは不揃いで、指先,爪先まで神経が行っていないと感じた所が「美しくない」と思いました。宝塚はダンスは流石にバレエのレッスンが効いているからか非常に美しいと思いましたが、低い男声を無理矢理出そうとして適っていない所と、トップ二人のデュエットで声量が合っていない所が「美しくない」と感じました。「細かな妥協を許す」と言うのかな?少し欠けている所が有っても、例えば月は本当はクレーターでぼこぼこだけれど遠くで見れば丸いんだよ、じゃあ「丸として完成している」と見て良いじゃん、そういう感じ?
全体的にはどちらも楽しかったし、私が望む所は舞台で問題にされる(すべき)所ではないのだろうと思いつつ、「私は」引っかかった、そんな「私が」満足するのは能楽なんだな、と…って思ったらもっと観に行きゃいいんでしょうけどね。何か、「いつでも観れる」(←職場からチャリだと5分の所に能楽堂が有る)と思ったらつい、ね…。(笑)ああでももう少し深く入ってみるかな、能。そう思ってしまった一冊でした。


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