読了日記

2002年09月19日(木) 「素子の読書あらかると」

「素子の読書あらかると」(新井素子著,中央公論新社)

内容:新井素子の本についてのエッセイ。読書して思った徒然を綴ったもの。非書評。


がはっ。文体のダメージでかい〜。素子さんってエッセイではこうだっけ?エッセイもの読んだの久々だったので衝撃でかいよ〜。
素子さんが悪いんじゃないんです。実はこの文体、最近まで時々読んでいた大嫌いな書き手さんの文体そっくりなんですわ。>逆、逆。その書き手さんの価値観と姿勢と行動が嫌いで嫌いで、一時期結構不快な日々過ごしていたんですけど(区切り良い所でその人の文を読むのを止めたのでもう平穏ですけど)、それ思い出して暫く不快でした。
不本意だよ〜。素子さんの文体は昔からちょっと合わないと思う時も有ったのですが、価値観とか考え方とか好きなので、本末転倒的に不快を感じるのは嫌〜。
…まあ、最後まで読むうちに「この文体=素子さん」という差し替えと言うか回帰が出来たので良かったですが。素子さんの方がずっとお上手なので、その作業はすんなりと行きました。(笑)

えー、新井素子と言う作家は、少女時代の私にとって(というか「私らのようなものにとって」。←分かる人は言いたいこと分かるよね)、カリスマでした。ちなみに、私が他にカリスマ視した人はマルチナ・ナブラチロワと乙田基。乙田基を知っている人は凄いね。15年ほど前の同人作家だ。…おいといて。
多感な少女時代の私は素子さんが右と言ったら最初は左だと思っていても、左だと思っていたことすら忘れて右だと言い張るくらい心酔していた気がします。その時代にこの本を読んでいたら、参照されている本全て買って多少合わなくても私の読解が不味いんだろうと自分を責めていたことでしょう。
今はそんなことないです。素子さんの考え方には共感出来ますが、本の趣味はかなり違う。「その本でその感想か!」と驚くものも割と、有ります。でもやっぱり考え方は好き。想像力についてとか、頷く場所多々有り。エッセイとして楽しかったです。

今では素子さんをカリスマ視していませんが、この間「チグリスとユーフラテス」を読んで、「ああ、素子さんは私たちのような者にとって、本当にカリスマだったんだなぁ」としみじみと思いました。もう戻れない過去の美しかった時代を淡く鮮明に(はい?)思い出させてくれたというか。あの時代が有って今の私が在るんだなと言うか。新井素子節バリバリで、万人にはお勧め出来ませんが、少女時代にこの作家に出会えて良かったなぁ、と本当に思っています。

所でこの本、今年アマゾンで価格調整の為に買ったんですが、2000年発行で初版ってどーよ?在庫としてずっと取ってあった?確かにこれは流行るような本ではない。でも素子さんファンなら半分の人は買うんじゃないかな。でも私、この本出ていたこと知らなかったぞ。広報が不味いのか、現在の出版流通の弊害か。本が売れないのって、潜在読者の取り込みに失敗している所が大きいと思うぞ、っと。


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