春菜の日記
日々のこと、脳内のこと、いろんなこと。

2003年10月06日(月) 今夜からはこの街で・・

娘のアタシが女王〜〜〜〜(絶叫)!

最近、何故か椎名林檎にハマッてます。
特に1stアルバムの、「無罪モラトリアム」
無罪の中に入ってる曲は全部すき!

特に、「歌舞伎町の女王」
アップテンポな曲と、芯の篭もった詞がかっこいい!

特に
「15になったアタシを置いて女王(母のこと)は消えた。毎週金曜日に来てたオトコと暮らすのだろう・・」という部分にかなりグッと来ます。

私の母も、1歳になるか、ならないか、の私を置いて家を出ました。
さすがにオトコと暮らすためではなかったであろうけど・・。

その後、私は祖父母と父と私の4人家族の中で育ち
10歳のときに、父の再婚を機に、父が家を離れ、私と祖父母との3人暮らしになりました。

実の母のことは、誰も詳しく教えてくれませんでした。
写真もおばぁちゃんが全部捨ててしまったし。。。。

そんな私が二十歳になって、自分で、あれこれと情報を集め
(母の実家が自営業だと聞き、電話帳で調べたり、多々)
母の居所をつきとめました。

そして、早速連絡をとり、横浜に住む母のもとを訪れました。
お母さんは、歌舞伎町の女王でもなんでもなく
東京の渋谷の小さな化粧品会社の経理をしていました。
お父さんとは全く違うタイプの、マッチョなオトコの人と2人で暮らしていました。

そのオトコの人は、料理がとても上手で、
私のことも歓迎してくれて
プロ並の腕を振るって、晩御飯を作ってくれました。

でも、その後、母はどっかに引越ししたみたいで、音信不通になり
(1度だけ、あのオトコの人と別れるかもしれないという連絡があったきり)

時が経過し、私は私でいろんなことがありました。
学校を卒業して、就職。発病。結婚・・・・・

母は、私が結婚したことも知らずにこの空の下のどっかで生きてると思います。
生きていると信じています。

私が22歳のときに椎名林檎がデビューし、はじめて「歌舞伎町の女王」を聴いたとき、なんだか自分と重なるものを感じて泣きました。
歌自体は、夜の歌舞伎町の華やかな世界という、私とはかけ離れたものですが
なんとなく、精神的な面で、歌の主人公の女のコとかぶるかなぁと(他の人から見たらイタイ話かもしれませんが・・)

何度もリピートして聴いてるうちに、いつのまにかカラオケの十八番になっちゃたり(笑


そういえば、あのオトコの人、私に、うさぎ”林檎”の作り方をレクチャーしてくれました・・・。
私はお料理はからきしダメで
「あぁ!君も君のお母さんも同レベルだな!」といわれてしまいました。

今となっては懐かしい思い出です。

この歌を聴くたびに、東京に行きたくなります。


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