デコラのひとりごと。
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今回の3連休中に父の三回忌が行われたわけですが。 悲しみもだいぶ薄れ、父は思い出の中にいて。 時々、やっぱり信じられないような気分になるけれど。 私たちはこれからも生きていくわけで。 ・・・ひとって強い生き物だなぁとしみじみ思う。
今回は、婚約者である彼を親戚の皆さんに紹介する機会でもありまして。 なんだか私まで緊張してしまったのであります。 法事のほうは滞りなく終わり、彼も親戚の皆さんに 「好青年」だと良い印象を残せたみたいで、ホッとひと安心。
前日に大喧嘩をしてたのが嘘のように仲の良い私たちです。 彼も人が変わったかのように優しくなってました。 招待状のことも「好きなようにしていいよ」って!マジ!?ヤッタネ! しかし。だがしかしです。敵は他にいたわけですよ。 母&兄&姉。ま、まさか身内が!?いや、むしろ身内のほうが残酷です。 「バカ」だの「アホ」だの「ワガママ」だの「くだらない」だの 叱られて呆れられて、散々です。
すっかり凹んだ私はコタツにもぐって泣きました。(←いい歳した大人なのに・・・)
その光景がたいそう面白かったのでしょう。 彼氏、ゲラゲラ笑いながら、泣いてる私をつついたり覗きこんだり。 それがうちの家族の目にはどう映ったのか。 姉曰く「あんなに優しい男の人はいない」「普通は呆れて愛想つかされる」 いや、ヤツは単に面白がってただけだと思うんだけど・・・。 (叱られて泣く、というガキンチョな私を) それでもなんでも、うちの家族には
「こんなワガママなうちの末娘の相手を出来るのは彼しかいない!!!」
と、このうえもない好印象を残してしまったわけです。ていうか大絶賛です。 ・・・フン。悪かったね。バカでアホでワガママで!!わーん!
人から見たらくだらないと思われることも、私には大切だったりするわけで。 それをワガママだと批判されてしまうのはとても悔しい。とても悲しい。 私がおかしいのかな?私が間違ってるのかな?私は普通じゃないのかな? 思い通りにならないことよりも、自分が間違っているのかも知れないということが ショックで。悲しくて。彼が帰った後もずっとそのことについて考えていた。
好きなようにしていいよ、と言われてしまうと 果たして自分の意見は本当に正しかったんだろうか?と自信がなくなってしまう。 もしかしたら、私ってホントとんでもないワガママなのかもって。
夕方、母がお経をあげている後ろに座り込んで、ぼんやりと仏壇の父を見上げる。
お父さーん。私ってヘン?ワガママ?間違ってる?どうしようもない? もしもお父さんが生きてたら、やっぱり同じように叱られてたかなぁ?
いつまでもその場所にいる私を、母が振り返って笑った。 「なんね。今日はやけに長いねぇ」 「うん。お父さんの命日やけん。もう少しここにおる」 母は頷き前を向いてから、もう一度私を振り返る。 「お父さんもお母さんも、いつもあんたの味方やけん。心配しなさんな」 とにかく後悔のないようにしなさい。それでいいから、と。 それから思い出したように、法事のときの彼のお経がとても上手くて驚いたと感心していた。 「良か人やないね」 ・・・うん。良い人。すっごく良い人です。素直に私も頷いた。
私が彼と喧嘩して、家族に叱られたり泣いたりしたことは、 多分、本当にもうくだらないことなのでここには書かないけれど。 (恥ずかしいから(* v v)。) いろいろと考えた結果、互いの希望を取り入れた形で 手作りの招待状を頑張って作ることにしました。 私は私のこだわりを、やっぱり曲げることはできないよ。 それがたとえ、ワガママでくだらないことでもね。 だから頑張る。(大変だけど)
decora
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