今日もガサゴソ
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私が中学三年の年の瀬、 都市計画のため 小さな家を取り壊し 今両親が住んでいる家を新築しました。
私は進学のため 新しい家にはほとんど住まないうちに 家を離れました。
帰省するたびに 両親が土木工事に勤しんで 庭作りをしているのを 酔狂だなぁと思っていました。
両親は登山を通じて知り合ったので 集める植物は山野草が主でした。 木は山野草に日陰を与えるために植えられているようなものでした。 母は庭造りに「万葉集に出てくる草花を集める」という テーマを持っていました。 そして生け花に使う草木を自給自足したいという 願いももっていました。
母の文学への憧れは短歌というかたちで ゆっくりと育まれ 還暦を過ぎて地元新聞の文芸欄で 新人賞を頂戴するというかたちで実を結びました。 切磋琢磨、という言葉の似合わない人と云えば それは母です。 毎週葉書に三句書いて送るのだそうですが、 葉書を取り出すと 短歌の神様が降りてきて ちょいちょいと歌ができる、というのです。 そんな短歌なので 上手いとか巧みだとかといったものではないのですが やはり気に留めて 拾って下さる先生がいらっしゃる。
お花も短歌も お金がかからないんだもの、というのが 母のつぶやきです。
母を外に出したがらない父に 縛られている風でもなく 飄々と そこにあるものを深く愛でて
草木が自分で住む場所を選ぶのではなく 芽を出した場所で 懸命に生きるように
母はそんなふうに過ごしてきた人のように思うのです。
母は六十代後半です。 脳梗塞で寝たきりの一歩手前の父を介護しながら のんびり暮らしています。
母が不幸に見えないのは 母が自ら作り上げた 小さな楽園に住んでいるからではないのかと 考えてみたりするのです。
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