今日もガサゴソ
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2003年08月24日(日) 我が家の新築のとき

因みに我が家の新築のときは(六年ほど前になりましょうか)
地鎮祭も上棟式も不届きなことにパスして
アパートからの引っ越しも
私が一人で準備をしました。
業者を使って一発で荷物を運び出し
ゆっくり荷物をほどく予定でした。

荷物がおさまってから
新築披露をするつもりでしたし
亭主から親類にそのように伝えてもらっていたのですが
引っ越しを手伝わせないのは言語同断であると騒がれて
仕方なく「お手伝いして下さい」と云わせられました。

引っ越しの当日
亭主の親兄弟とその連れ合いと子供がが新居に来て下さり、
業者が運んで場所まで指定しておいてもらった荷物を
ワックスをかけたばかりの床を引きずって
適当な場所に寄せて寝床を作り
「本」と「衣類」以外の荷物のすべてを開いて
台所道具や食器を発掘して18人ご宿泊の宴会を繰り広げました。
食べるものはすべて持ち込みで
イカの詰まった発砲スチロールの氷がダラダラに流れて
床のワックスが白く浮き上がり
流しの山盛りの氷を溶かしてやろうと
お湯を出してイタズラしていた甥が
ボイラーのスイッチをいじって
風呂を二時間沸騰させ(空炊きでなくて本当に良かった)
午前中に荷物を運んだだけで
息も絶え絶えだった私は
この日、絶対に死ぬと思いました。
何しろ身体の具合が悪かったのです。
引っ越しの日だけはそっとしておいて欲しかったのですがね。
通用しませんでした。

翌朝、六時前に前のアパートまで亭主に送ってもらって
最後のお掃除と各種料金の精算をしました。
このとき、半日一人で
ううらうつらしながら鋭気を養いました。
この時間がなかったら本当にどうなっていたかわかりません。
アパートを引き払う手伝いもさせなかったと
戻ってからガーガー云われたけれど
一人で淡々と十数回も引っ越しをしてきたんです。
一番気楽で負担の少ない方法があるんです。
ボロアパートだったけれど
入居したときよりきれいにして鍵をお返しして
敷金全額返してもらいました。

ほどく順番も決めて梱包してあった荷物が
めちゃくちゃになっていて
宴会のあとしばらく
何もしたくありませんでした。
死ななかっただけでも
何かもうけたかも知れないとも思ってしまいました。

日常生活が落ち着いて
身体の調子が安定してくるまで
それから一年かかりました。



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