今日もガサゴソ
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2003年06月13日(金) 針を無くして叱られたこと

子供の頃、
居間の作りつけの戸棚には
色々なモノがしまってあって
取り出しては眺めて楽しんでいました。

とりわけ興味があったのは
母がしまい込んでいた
ビーズ刺繍のバックのキットでした。
とても小さなピンクのビーズの房がたくさん入っていて
なぜ、母がそれを作ってくれないのか
待ち遠しくて仕方がありませんでした。

小学校4年の時
母にせがんで、それを私に作らせてくれるように
しつこくしつこく頼んで
やっと許可をもらいました。

作り方も、大体わかりましたし、
母が購読していた「婦人百科」なども
大いに参考になるものがありました。
初めて本格的な手芸が出来るのだと
わくわくしていました。

ところが、さて専用の細い細い針が
確かにあったはずなのに
見あたらないのです。

こたつのあたりもなでるように探し、
カーペットもはい回って探し、
こたつの布団を一枚一枚ふるって
裏表探し、見つからず困り果ててしまいました。

仕方なく部屋中に掃除機をかけて
こたつを元通りに直し、改めて探したところで
夜になってしまいました。

翌日、ふと思いついて
掃除機の中をのぞいてみたら
針が綿ゴミにチョンと刺さっていました。

嬉しくて嬉しくて
にやにやしていたら父に見とがめられて
針を無くし、やっと見つけたと話しました。

父は激怒しました。
針の始末を出来ない者に
このようなキットを与えてはいけないと
母を責め、キットは取り上げられてしまいました。

針をきちんと見つけたではないか、と言う主張は
認められず、反抗したという角で
ベルトの鞭まで食らってしまいました。


以来、私は自分でもアホらしくなるほど
針を数えています。
一本でもまち針が見えなくなったら
何日でも探し続けます。
見つけるまで縫い物なんかできません。

時々、縫い物をしているのか
針を数えているのかわからなくなるときがあります。

針をきちんと管理するのは
大切なことですが、
父は厳しすぎたと思います。

あらゆる行動が、このような干渉の対象になりました。
読む本も、勉強の時間も、観るテレビの番組も、
おつきあいする友達も、友達との遊びも。

私はやっと見つけた針で
刺され続けるような思春期を
送ったのでした。


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