今日もガサゴソ
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2003年03月13日(木) 最悪の育児

子供の柔らかな頬を
二度
ぶったいてしまいました。

自己嫌悪で一日中、怒っていました。

忙しい日が続いたので
チビ助も疲れていたのでしょうし
成長にともなって、ワガママも出てきていました。

たとえば私が電話に出ると
飴をくれ、ガムをくれと絶叫し始めます。
私も電話なんかやめて
飴やガムをすべて廃棄して
対抗すれば良いのでしょう。
軟弱な親で恥ずかしいのですが
そこまでできません。
叱ったり慰めたりとかなり頑張るのですが
結局は欲しいだけ飴を与えてしまいます。
或いは奪われてしまいます。

時を改めて、おやつの時以外は
飴はいけない、と聞かせるのですが
素直に聞いているのはその場だけです。
電話が鳴れば同じことの繰り返しです。

昨日は、来客、でした。
近所に仲良しの奥様があります。
キルトや庭や暮らしや、様々な話題で盛り上がれる
貴重な存在です。
誘い合うほどのことをしなくても
一緒に犬の散歩を楽しんだりします。

しばらく私がドタバタ忙しかったので
今日は話題が満載でした。
大人が話し始めれば
子供が邪魔をする。ありがちなことです。

でも、チビ助は
騒ぎ疲れると
私のアトリエから、禁じられているのに
大きなハサミを持ち出して
私の本をチョキチョキ切ったのです。

何千冊とある本の中から
なぜその本を選ぶのか、わからないのですが。

先週まで階段にはゲートがあって
勝手に行き来できなかったのですが
来客の都合があってゲートは外していました。

特に表紙はズタズタでした。

勝手な思い入れですが
30年、大切にしてきた本です。
買った日のことも覚えています。
何度も読み、慈しみ、慰められてきました。
子供が可愛くないわけではありませんが、
ズタズタの表紙を見たとき
この子が居なくても生きていけるけれど
この本を失っては生きていたくないと思いました。
許せない、と叫んでスパンクを追加してしまいました。

たったの本一冊で、と思います。
でも、子供を育てていくために
何かを犠牲にしたとは思いたくないのです。
本が本棚の、そこにあるだけで
相当なことも我慢できるつもりだったのです。

子供育てるなんて、そんな
生やさしいものではない、なんてセリフは
聞きたくないよ、ほっといてよ、
私が死ぬほど苦しんでいる時に
私を支えてくれたのは本だけだったのに。
なんて、誰に毒づいているんだか。

多分、私は、この本を捨てるだろうと思います。
一緒に何を捨てるつもりなのか
よくわからないけれど
子供に対する贖罪なんかではなく
怒りを抑えられない自分への罰のつもりかも知れません。

こんな風にして
私はいとおしいものを怒りに任せて捨ててしまう
傾向があります。

不思議なことに
捨ててしまったものの方が
長く心に留まることがあります。

皮肉なことに、その本には
モノを所有すると心の自由が蝕まれると書いてあるのでした。


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