今日もガサゴソ
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2003年01月25日(土) ボタンを外すって、うふふ

私はハンドルネームにボタンをくっつけていますが
これは、子供の頃父の実家がボタン屋と呼ばれている
商売を営んでいたからです。

ボタン屋と田舎では呼んでいましたが
今でいう手芸店に近いかも知れません。
その頃は、人々はゆとりがあれば
スーツやオーバーなどをお仕立にだしたものでした。
ボタン屋では和裁洋裁に必要なすべてのものが
揃っていました。
お客さんのほとんどは
仕立ての仕事をしている女性たちでした。

お店には艶々した裏地がいっぱいの壁面や
床から天井までボタンの箱が詰まった壁がありました。
ショウケースには美しいバックルやコサージュ。
カウンターの内側の壁にはすごい数の小引き出しがあって
あらゆる種類の糸やファスナーが収納されていました。
居間のほうでは
囲炉裏端でファスナーのサイズを調節したり
お客さんの持ち込んだ布で
くるみボタンをチョイチョイ作っていました。
叔父と二人の伯母が軽いフットワークで働いていました。

引き出しを開けるたびに乾いた音を立てて転がるミシン糸や
うなるほど美しい刺繍糸の引き出し。
お客さんが捨てていったくるみボタンの残り布を入れていた缶。
裏地を切るシャーッという音。

私が一番好きだったのは
お客さんがこれから仕立てる服のために
ボタンや糸の色を吟味するのを見ることでした。

ボタンはひとつひとつが完成された美を持っています。
ボタンひとつで服の印象が変化しさえします。

いつの間にか人々は服をオーダーすることが稀になり
伯母たちも歳をとって
商売はやめてしまいました。

私の美意識はあのお店の艶やかなグラデーションのなかで
育まれたような気がします。
色が順番に並んでいるとゾクゾクします。
ビーズやボタンが光るのは
宝石の輝きよりももっと嬉しいのです。

ボタンをコレクションするつもりはないのだけれど
愛着は感じるので
服を処分するときは
必ずボタンを外してとっておきます。

使い切れないほどの
作業服やシャツについていた
素朴で働き者のボタンをいとおしく思います。

モノの本によると
「ボタンを外す」って言うのは
秘密を打ち明けるなんていう意味もあるらしいですが、
何か期待させちゃったかしら。
おほほ。


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