いっしょくんの日記

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なんとなく 書くんで〜
なんとなく 読んで下さいね。

2003年01月28日(火)  平城山

 祖母が大好きだった歌の中に
 「平城山」があります
 
 今朝 母がこんなことを言っていました
 「おばあちゃんのお葬式に
  平城山を流すの忘れたわ
  くれぐれも葬儀の時には平城山をかけてって
  何度も何度も言われていたのにねぇ」

 母は 歌を歌います 声楽家というのでしょうか
 この歌は 母の十八番で 何かにつけて歌い続けています
 なんとなく聞いてはいましたが
 この歌は 恋する人の歌だと・・・
 確認の意味で母に尋ねました
 『確か・・・恋する歌だったよね』
 「そう・・・ね・・・・
  好きになってはいけない人のね・・・」
 しみじみと語っていました
 気になって歌詞を調べてみました
 
    平城山(ならやま)
           作詞:北見志保子
           作曲:平井康三郎

  1 人恋ふは
    悲しきものと
    平城山(ならやま)に
    もとほり来つつ
    たえ難(がた)かりき
  2 古(いにし)へも
    夫(つま)に恋ひつつ
    越へしとふ
    平城山の路に
    涙おとしぬ

 難しい歌詞で 内容を噛みしめたことはありませんでした
 ・・・・なるほど・・・
 恋焦がれた苦しさが伝わります

 「志保子は歌人・橋田東声と結婚しましたが
  のちに浜忠次郎と恋に落ちます
  志保子から引き離すために
  浜は 親族によって強制的にフランスに留学させられました 
  上の2首は、浜が留学中の昭和10年(1935)
  奈良の磐之媛(いわのひめ)陵周辺をさまよったときに作ったもので
  浜への思いを 磐之媛が離れて住む夫・仁徳天皇に寄せた思いに
  ダブらせて詠んだといわれます
  彼女はその後 橋田東声との離婚が成立し 浜忠次郎と再婚しました
  この2首に 志保子と同郷の平井康三郎が曲をつけ
  この名曲が生まれました
  1番の「もとほる(もとおる)」は「まわる めぐる さまよう」
  という意味」

 だそうです・・・ちょっと検索してみました

 インターネットで「平城山」を検索すると
 曲が聴けました あわせてバリバリ歌ってみたら
 子供が悲しい音だからやめて・・・といいます
 なんとも切ない歌ですね
 祖母はどんな思いでこの曲を慕っていたのでしょうか・・・



    恋歌


   詩と音が

   穏やかに絡み合い

   切ない心に

   漣のように

   寄せては返す

   思い出しては涙して

   忘れていられた「時」に感謝して

   そしてまた

   歌を聴く

   

   



 

  


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