CYMA’S MURMUR

2012年02月04日(土)   私の闇


ここしばらく、自分の中にある醜い感情を途方に暮れながら見つめてきた。

おそらく、人類の何割程かわからないが善良な方たちは
私のこのほの暗い感情をまったく理解できないだろうと思う。
そんなこと思ってみもしないのだろう。

でも私は思っちゃった。感じちゃった。思い切り。
そしてそれを持て余す。

さすがにいい大人なので、表に出すべきではないというのはわかってる。

んで、その悪感情のやり場がなくて困ってる。

旧友に電話してみようかとか、元彼に愚痴ってみようかとか、考えた。
少なくとも何人かは、多少オブラートに包むとは言え素直に思ったことを伝えられる相手が私にもいるのだ。
その考えは私に束の間の安心をもたらし、そしてやはり大人らしく心に秘めることにした。

とか言いつつ、先日電話した折に、妹にポロっとこぼしたところ
やはり諭された。そりゃね。私もわかってますよ。

何が言いたいかわかんなくなってきたなぁ。

えっと、つまり、世の中には心に闇を抱える人も少なからずいるわけです。
おそらく聖属性の方には一生理解できないような底意地の悪い思いもあったりするでしょう。
表に出す/出さないはこの際どうでもよくて、確かにそこにそういう思いが存在するということが重要。

私は自らも同じく黒い思いを持つその代償として、
同じような漆黒の悪意を誰かが私に向けたとしても反論できないなぁと覚悟している。

もちろん、その悪意が表に出てアカラサマな行為に結び付いた場合はまた別で
それはそれで法の下、対峙することになるのだろうけれども、
そういうことではなくて、あくまで嫌悪感とか妬みとか破壊願望とか
そういうものをある種の人たちが抱え込んでいることはどうしようもないことで
その矛先が私に向けられたとしても私には何もできないのだということ。

一応言い訳しておくと、私は世界中の人たちがみんなこんな思いを抱えてるとは思ってない。
リアリスティックなのかそれともお目出度いだけなのかわからないけど、
多分そんな悪いことが一瞬足りとも心に浮かんだりはしない聖女・聖男(?)もいると信じてる。
割合はわからないけど。
そんでその聖女たちの存在こそが私の罪を浮き彫りにするのもわかってるんだけど。

行動は制御できるけど、感じる心は制御できない。

だから甘んじて罰を受けようと思う私は開き直りすぎだろうか?




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