つくづく自分の不注意さが嫌になる。
昨夜、さぁお風呂に入って"Silent Witness"読もう! と思ったら、本がどこにも見つからなかった。
記憶を掘り返してみると、フラワーアレンジメントの帰りに、 近所のコンビニに寄ったときに忘れてきたらしい。
慌てて電話して確認したら、想像通り本が見つかったので良かったけど、 図書館の本をなくしちゃうなんて!と本当に焦った。
降車駅に着いたときに本を読んでいる途中の場合、 たいてい私は降りてからも歩きながら本を読み続ける。 良くないのは知っているのだけれど。 切りのいいところまで読みたいという思いと、 単純に続きが気になるという理由から。
で、本を読みながら通常より遅いペースで歩いてコンビニに着き、 本を片手に持ったままレジに行き、 レジ前にあるちょっとした台に本を置いてカバンから財布を出し、 見事置き忘れてきたというわけ。
失せモノ注意、と、心に刻んでおかなくては。
で、昨夜は"Silent Witness"が手元になかったので、 同時並行で家で読んでいた「ヴォイニッチ写本の謎」を読み進めた。
さらに、「イトウの恋」も読み始めた。 こういう複数本同時並行って久しぶりだな。
「ヴォイニッチ写本の謎」は、かなり面白い。 暗号に関する知識も出てくるのだけれど、 以前読んだサイモン・シンの本のおかげで理解しやすいし。
この本(というかヴォイニッチ写本自体)はすごく興味深い。
でも一番気になるのは、訳文で、2度出てきた「鬼のように」だ。 正しいテキストは覚えてないけど、「鬼のように複雑な暗号」とかそんな感じ。 ちょっと前に雨後のタケノコのように出てきたトンデモ本ならいざ知らず、 なんでここに「鬼のように」という言葉を使う必要があるのかかなり謎。 編集さんは何も言わないもんなんでしょうか? それともオリジナル(英語)が、一種の流行り言葉を使っているとか?
|