| 2006年04月15日(土) |
本気で救急車を呼ぼうかと思った夜 |
昨日、本気で救急車を呼ぼうかと思った。
私の頭痛は重篤なものではないとわかっている。でも,ただの痛みではなかったので、娘に救急車を呼んでもらうかどうか迷っていた。ゲーゲー吐いて涙で顔がグシャグシャだった。しかし、救急車は呼ばなかった。
主人はまだ帰っていなくて、息子は寝ていた。娘と二人で過ごしていた夜、いつもの頭痛が徐々に強くなり、吐きたくてもトイレに行くことさえできなくなった。立ち上がるとめまいがするし、痛みが強くて歩けない。
娘に「ゴメンネ」と言い、とっさにその辺にあったスーパーの袋の中にティッシュを何枚も入れた。何度も何度も吐いた。吐くと楽になる、という人がいるが、私の場合そんなことはない。吐く時に、頭痛は増強する。
ただじっと時が過ぎるのを待つしかなかった。
こうなったら鎮痛剤など意味が無い。
陣痛みたいに強い時期と弱い時期があり、弱い時にテレビを見たら、パッパッと早く画面が切り替わるともうダメだ。めまいがして画面を見続けることができない。
この激しい頭痛の状態は2時間以上続いた。その波が去って、あの時よりはマシになったと思った頃、主人が帰って来た。
「早く薬を飲んで寝ろ」
と言うが、薬を飲むにもタイミングが要る。吐き気がもう少しおさまらないと薬を飲んだ途端に吐いてしまう。
そうやって、寝るまでにも時間がかかった。
昨日の昼、私は躁状態になっていた。
息子から、
「お母さん多弁じゃない?」
と言われ、やっぱり・・・と思った。自分でもわかっていた。なぜそんな状態になるのかわからない。薬入れをなくしてしまい、昼の薬を飲めずにいた。抗うつ剤を飲んでいないのだから、変に浮き上がらなくてもいいのに。
息子が言った。 「躁状態も嫌だけどその後の『うつ状態』ってつらいんだよね。その時のために薬飲んだら?」
でも薬入れが無いから飲むことができなかった。
私が頭痛が強くて食事を作れないと言った時、娘は「わかった」と言って、冷凍のちゃんぽんを作って食べた。
夜、自分のバッグから薬入れを出して飲もうとした息子。 「あっ、これお母さんのだ。ごめんなさい。(自分のせいで薬飲めなくてごめんなさい)」
子供達が優しい。勉強がなんだかんだよりも、人を思う気持ちがちゃんと育っていると思った。
口内炎も頭痛もまだ治らず、文章も乱れている。

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