数年ぶりに青森に帰省した。 こっちに戻って来る頃には父の顔を見ることさえ嫌になっていた。
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実家には父が書いた遺書があった。遺書と言っても、メモ用紙に書いたようなものが何枚も。私の名前のところには、「苦しんだね」と書いてあった。 それを読むと涙が止まらなかった。拭いても拭いても涙はこぼれた。 父のことを理解したいと思っている。でも、返ってくる言葉や怒った表情を見るのが辛かった。
実家に帰っている間に母の五十肩がひどくなり、母は針とお灸をしてもらいに通った。私も頭痛が強くて針治療をしてもらった。自分がまだ元気とは言えない状態だったが、それでも両親を実家に連れて帰りたかった。
「やっぱり自分の家が一番いい」と実感し、おいしいものを食べ、元気になってここに戻って来たいと感じてほしかった。
主人が市場に連れて行ってくれた。兄の子供たちと手をつないで歩いたらしい。
父が愛した山にみんなで行った。知人が草取りをしてくれていたせいか、思ったより荒れていなかった。母が植えたアジサイが咲く道は昔と変わらなかった。
10分も経たないうちに、座っているのが辛いと言って、帰るという父。 父の口から出る言葉は不満だらけだった。
数日家を空けるに当たって、猫を預けなければならなかった。 猫は犬と違って車などでの移動に弱い。人間がずっと車酔いをしているのと同じ状態になるらしい。ペットホテルに預けるためには予防接種をしなければならず、予防接種とホテル代、2匹で4万円以上かかった。
うちの車には5人しか乗れないので、8人乗りのレンタカーを借りた。 レンタカーが5日で5万円強。
高速代とガソリン代は母に払ってもらったが、うちとしてはかなりの出費だった。
こうして計画したことは無駄だったのだろうか。
ありがた迷惑でしかないような父の言葉が突き刺さる。病気は人を思いやる気持ちすらなくしてしまうものだのだろうか。
「行ってよかった。ありがとう」
と言ってくれた母の言葉が救いである。
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