| 2003年03月17日(月) |
「この人は私にしか救えない」 |
大げさかもしれないけど、 「この人は私にしか救えない」と思う患者がいた。
小林ミカさん(仮名)26歳。 彼女の病気は「解離性障害」
ミカさんと初めて会ったのは、去年の10月ごろだったと思う。来院するなり興奮した様子で、いろんな事を大声で話す。 「高揚しているようです」と他の看護婦が安定剤の注射を打った。
自傷と思われる傷が両腕にあった。その時はまだ彼女が解離性障害であることを知らなかった。 私は2回目のリストカットをしたばかりで、左腕に包帯をしていた。 彼女の傷を見たら、涙が止まらなくなった。
「痛い?」と聞くと、「痛い」と涙を流す彼女。二人で泣いた。
精神科に通っているのかを尋ねたら、前は行っていたけど今は全く通っていないとのことだった。以前飲んでいた薬の名前を記録した用紙を彼女が持っていたのでそれを先生に見せると、 「同じ物を出したいけどうちには無いものもあるし、処方箋を書いても、もう薬局は閉まってるだろう」と言う。
私は8時まで開いている薬局を知っていた。 急いで電話すると、全ての薬が揃うことがわかった。ファクシミリで送ってくれれば、用意しておくと言ってくれたので、さっそく処方箋をファクシミリで送った。
整形外科の私達にできることは、傷の処置をすることと話を聞くことぐらい。 傷の処置をしながら、彼女と話すうちに「解離性障害」であることを知った。
「傷の消毒はできるけど、小林さんは精神科に通わなきゃダメだよ。そうじゃないとまた同じことを繰り返すことになる。根本的な治療にはならないんだよ」と私はゆっくりと彼女に話した。そしてここで先生は薬を出すけれど、それは精神科に行くまでのつなぎに過ぎないこと等々。
処置が終わって、薬局の場所を教えた。でも彼女は車の運転ができない。 バスで行くのは大変だし、考えただけでウンザリする。私の家からも然程遠くはなかったので、送って行くことにした。
彼女には5歳の男の子がいる。 とても素直でいい子だ。
薬局に一緒に行き、帰りも家まで送って行った。 彼女は「ちょっとあがっていかない?」と私に言う。
遅い時間だったので、帰ろうとしたが、 「Kさん『バールって何?』って言っていたでしょ?」と、私に見せたいと言うので、少しだけねと言って家に上がらせてもらった。
彼女は、二つの人格を持っている。 もう1人の人格がとても激しくて、自分を傷つけてしまうらしい。それが半端な傷ではない。「バールでグイッとやっちゃたみたい」と彼女は淡々と話す。
バール??? 思い浮かばなかった。
彼女は、 「これだよ」と言って、見せてくれた。
「こんなのでやったら痛いよぉ〜」と私が言うと、 別の人格がやっているので、痛くないのだと言う。そして自分に戻った時にものすごく痛いらしい。
バールにはべっとりと血がついていた。 私は、 「これもって帰っていい?」と聞いた。 彼女はすんなり、 「いいよ」と言った。
彼女は彼と子供の3人暮らし。子供は彼の子供ではない。でも、彼はとても優しくて、我が子のようにかわいがってくれるらしい。 家の中にはナイフやカッターなど先の尖ったものは一切無い。
「友達がいないんだ」と彼女がポツリと言った。
私は、 「じゃあこれからは看護婦としてではなく、友達として接するよ」 と言った。困った時は電話をするように彼女に言って、家に戻った。
それから何週間か経ったある日、彼女から電話がかかって来た。 「助けてほしい。痛い」と。 私は友人と出かけていたが、もう帰る時間だったので、 「すぐには行けないけど、家の中で待っていて。一時間はかからないと思うから、私が行くまで待っていてね」と言い、帰りを急いだ。
彼女には母親との間に何か問題があるらしい。 ファミレスで母親を見た途端、ものすごい不安に襲われ家に帰って、気がついたら自傷していたと言う。
私はいつも消毒薬を持ち歩いていた。傷の消毒をして、包帯を巻いた。
そんなことが3回ぐらいあっただろうか。
その後、精神科に行くことを勧めたが、彼女は私が通っている精神科にも行ったことがあり、主治医であるS先生を異常に嫌がっていた。 なぜ嫌なのかを少しずつ聞いているうちに私にもわかる気がした。 私も先生とはうまくいかないことが多かった。
私の前の主治医なら穏やかだし、話を聞いてくれるだろうと思って、金曜日に休みを取り、一緒について行った。しかし、先生の答えはNOだった。 「やはりS先生に診てもらってそれから考えた方がいい」としか言ってくれなかった。 今の主治医にも同じことを言われた。その度に彼女は興奮し、もう1人の人格が出そうになる。その度に彼女をなだめ、その場を押さえた。
「きっとミカちゃんのことを考えてくれる先生に出会えるから」
その後何度かメールを送ったが、何度もメルアドが替わっていた。それは迷惑メール対策なのか、意味がわからなかった。
私が6回目にリストカットをした時、別の整形外科で久しぶりにミカちゃんに会った。うれしくて二人で抱き合った。
ミカチャンはその日私にメールをくれた。 「痛いのにどうして切るの?」 私に聞いて来た。私のことをとても心配してくれた。
私から見れば、ミカちゃんの傷の方がよっぽど大きいのに、彼女はやる時は自分じゃないから痛くないよと言う。
その後私はODなどをし、ミカちゃんのことを考える余裕がなくなった。 そして向こうからもメールが来なかった。
今日、精神科でミカちゃんに会った。 ケアマネージャーらしき人が一緒にいた。 今は主治医が代わり、解離の症状も出ていないのだと言う。
もう私がいなくても大丈夫かな、と一瞬思った。 ミカちゃんに私が必要だったのではなく、私がミカちゃんに救われていたような気がする。 いつでもメールを待っているよ。
年齢よりも幼く見える彼女だった。 髪を切ったミカちゃんが少し大人びて見えた。
(本人のプライバシー保護のため、環境、名前などは変えてあります)
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