いわゆるボケではなく、ボケたり普通になったりすることを「まだらボケ」と言う。ボケとは医学的には老人性痴呆症のこと。
父は鬱病の薬の副作用で、パーキンソンの症状が出た。立ち上がる事も歩く事も不便になった。その副作用を止める薬を使ったら、「せん妄」という症状が出てしまった。つまり、副作用止めの副作用である。
せん妄というのは、ボケと同じような意識障害である。 それは、イレウス(腸閉塞)で、外科に入院している時から始まった。
その後、何度かうちに外泊しているが、今日ほど困った事はなかった。 「お金が欲しい」と父が言った。確かに大人なのに、一銭もお金を持っていないのは不安だろうと思い、私は父に二千円を渡した。
それが引き金になったのだろうか。八戸に行って、Mという男の人に会わなければいけない、と言い出した。母に車で八戸まで行くことを要求する。しかし、私たちは、Mという人は知らない。父も苗字は知っているが、下の名前を知らないし、住所も電話番号もわからない。これは、昔本当にあった話なのかもしれないが、今父の願いを叶えてあげる事はできない。父はそのMという肢体不自由児の男の人にお金とは言わなかったが、なんとかしてあげると声をかけたらしい。それなのに、何もしないでほっとくと自分の名が汚れると言うのだ。 私と母の説得は続いた。まず、NTT番号案内にかけて、Mという人の電話番号を聞く。(フリをした) 「下の名前や、住所がわからないと、電話番号はわからないんだってよ」と私は言った。 父は「だったら、車で連れて行け」と言う。 「道路が凍結して、チェーンをつけていないと通れないって言ってるよ」と母が言う。 「タクシーで行く」という父。 「タクシーでいくらかかると思ってるの?そんなお金持っていないよ」 「借りる」
延々と、やりとりは続いた。本当は否定してはいけないのだろうが、どうやって肯定しつつ、父の気持ちを他の方へ持って行くかが難しい。
そのうち、私は銀行に行かなければいけない時間になり、「すぐ帰るから」と言い、急いで銀行に行った。帰りに肉まんを買って、食べさせたら少しは気が紛れるだろうと思ったのだが、母がすでに何かを食べさせて、精神安定剤を飲ませ、父は寝ていた。
元々頑固な人だが、こういう時もかなりの頑固さが表に出る。 そして、私と母は悪者呼ばわりされる。病気っていったいなんだろうと考えさせられる。
かと思えば、話がまともになっていることもある。全てがボケているわけではない。一生が高校に行きたいと言い出した話をしたら、「やろうという気持ちが出て来たんだね」と言ったりするし。 だから、私は「まだらボケ」ではなく、「まだらせん妄」と呼ぶ。検査の結果では痴呆の症状では無いらしい。
母は昔から父に尽して来た人だ。一生懸命看病して、母の方が先に逝ってしまうのではないかと不安になるほどだ。
一生のことで少し上昇したかと思うと、父の方はまだまだ。 我が家は、いつになったら穏やかな暮らしになれるのだろう。
6人で食卓を囲んでいる時は、とても穏やかなのだが、一度父のせん妄が出てしまうとなだめるのに苦労する。
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