| 2002年11月19日(火) |
心が健康な人と心を病んでいる人 |
製造中止になったセデスGを20包見つけた。(家の中で) 私の頭痛にはセデスGが一番効く。
ついでに書くと、財布はまだ見つかっていない。昨日銀行を駆け回って、キャッシュカードでの引き落としができないように手続きをした。
頭痛がひどかったので、仕事に行くなりセデスを飲んだら手のふるえが止まらない。点滴を打つ時も、手は小刻みにふるえる。それでも、1人もはずすことなく、10人以上の点滴を入れた。うちの病院は外来に3人看護婦がいて、点滴係と先生のお付きに分かれる。私はいつも先生のお付きなのだが、点滴係だと、半日で1人20人以上の点滴を入れることになる。まさしく点滴マシーンである。
私は、先生のお付きなのだが、できる限り点滴も入れさせてもらっている。そうじゃないと、勘が鈍っちゃうからネ。
母は相変らず父の付き添いで病院に泊り込み。私は思うように家事ができず、少しはやるのだが、追いつかない。昨日は、頭痛もあったせいか、仕事の後とても疲れた。白衣を着替えることもできず、そのままベッドにもぐりこんでしまった。主人が早く帰って来るというので、ご飯も任せた。
最初は本を読んでいたが、夜の薬と睡眠薬と頭痛薬と抗不安剤を全部飲んで寝た。
しかし、12時過ぎには起きてしまった。
本当は土曜日に抜糸をするはずだったのだ。でも、延ばし延ばしにしている。先生は私が言わなければ気付かないだろうし、昨日の帰りは忙しそうだったので、言えなかった。二葉の逆上がりに付き合って糸が切れたり、母と温泉に行ったりと、普通してはいけないようなことをしていたせいか、血が出てきたり、排膿したりしている。このままじゃまだ抜糸はできないのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、急に嫌な気持ちになった。 それをどんな風に表現したらいいのかわからない。動悸、とも、不安感とも違う。
とにかく私は、また自分を傷つけたい衝動にかられていた。
前回先生に「Kさん、またかい?」と言われた時、
「もうこの病院では縫ってもらえない」と思った。
今度は他の病院に行くのか。
まだしてもいないのに、そんなことを考えてしまう。
切る時は痛い。でも、私の心の痛みを体の痛みで表したい。
メールをくれる人の中にはこれをわかってくれる人がいる。
「切らないで」とは言えない。とか「切ることで、自分を保っているのではないか」という表現をしてくれる人もいる。
昨日、どうしても苦しくて友人に電話してしまった。遅い時間だったので、迷惑だとは思ったが、「何時でも構わない」という言葉に甘えて電話してしまった。
友人も「切らないで、とは言えない」という1人だ。 そして、こう言った。
「きっと、切らないで、と言う人もききさんのことを考えているんだけど、その人は心が健康なんだと思う」と。
この言葉にすごく納得してしまった。
主人はもちろん「もうしないで」と言う。
「ききが、それをするたびに寿命が3年ずつ縮んでいくよ」と言う。
困らせるためじゃないよ、と言っても、結局は困らせているのだから同じ事なのだろう。
そして日記を書いているうちに、朝5時になってしまった。
追記 電話をしている間に友人が、 「ききさん、声が明るくなって来たね」と言ってくれた。 お互いに仕事だということを思い出し、お礼を言って電話を切った。
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