| 2002年11月03日(日) |
男女5人秋物語り その1 |
事の発端は、一昨年の春。
高校の同窓会東京支部の集まりが春にあった。私は参加しなかったが、同期生が結構集まったらしい。そこで、同期生だけで集まろうという話が持ち上がった。
そして、実現したのが去年の6月の同期会。高校当時は話もしたことの無い仲間も多かったが、アルバムを持って来た人がいて、どの人が今のどの人なのかを確認。その変貌を見るのも実に楽しかった。
特に男の人は・・・・・
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原型がわからなくなっている人もあり(失礼)
その同期会ではかなり盛り上がり、秋にも集まった。そして今年の春も。
集まった仲間の中にササマサさんという人がいる。掲示板ではHNを使っているので、以下もすべてHNで書くことを許して欲しい。(事後報告になりますが)
ササマサさんが、 「秋にでもみんなで熱海かどっかの温泉に一泊しない?こうして集まっても、電車の時間があるから帰らなきゃいけないとか、時間を気にしてゆっくり話もできないよ。それに、ゴニンカンもやりたいし」と言い出した。
ゴニンカンというのは、青森特有のトランプゲームで、「5人揃ったら、ゴニンカンでもやるか」ということになるのが、青森では普通のことらしい。 私は八戸で育ったので、詳しくは知らないが、小学生の頃は父に教えられてやった記憶がある。
ササマサさんは、「徹夜で同期会を開きましょう」というMLを流した。
その頃の私はリストカットなどで心がボロボロだったため、参加する意志は全く無かった。徹夜同期会の反応はほとんど無く、真っ先に名乗りをあげたサム以外、誰も参加希望者が無く、そのうちツーさんが参加すると言い、3人は集まった。しかしゴニンカンは5人でやるものである。漢字では「5人関」と書く。
その3人以外参加者が無く、ササマサさんは 「残念徹夜同期会中止」というMLを流した。掲示板にも書かれていた。私はそれを見た時、ササマサさんの悲しみが伝わって来てなんとも言えない気持ちになった。
そしてササマサさんの家に電話した。 「ききですけど・・・・」
つづく
※ゴニンカン トランプが日本にやって来たのは、15世紀末、長崎のオランダ人を経由してイギリス人が持ち込んだと言われている。その後江戸幕府があらゆるカルタ、花札に対する禁止令を出したため、トランプは日本から姿を消して行った。しかし、本州最北の地という地理的条件と、津軽藩の取締りが比較的穏やかであったため、このゲームは現在の青森県五所川原市周辺に途絶えずに残ったそうです。
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