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■ お盆
実家の猫がもういけなさそうだ。 19年になる。 だから老衰だと言っていいのだろう。 この暑さで食欲が無くてもうほとんどものを食べないらしい。 まだ意識ははっきりしてて、寄ってきて撫でろと要求する。 帰るとき「またね」と言ったら「帰るな」と要求する。 猫は家につくと言うけれど、たまにしか来ない私たちのことも忘れていない。 あとどのくらい生きられるのかわからないけれど、生きているものは必ず死ぬのだから、それはしかたないか。 5年前、もう1匹の猫が逝ってしまったときは、もっと感情を揺さぶられた。 これも15年生きたから寿命だったのだろうけれど、私が拾って子供が生まれるまで飼っていた猫だった。 ずっと私の腕枕で寝ていた猫だった。 犬のような性格で、少し田舎に住んでいた頃は犬と仲良くしようとして野原を駆け回り、名前を呼ぶと飛んで帰ってきた。 紐が好きで、投げた紐を加えて戻ってくる、そしてまた投げて、という遊びが好きだった。 出産して実家に帰ってきた日、私をみつけて喜んで離れなかった。 赤ちゃんの上に乗ってしまって窒息でもしたら大変だからと襖を閉めて部屋に鍵をつけたのだが、掛け忘れて、朝気づいたら私の横で寝ていた。
毎夜毎夜部屋に入れろと鳴いた。 とても、せつなかった。
そのまま実家に今居る白猫と2匹で住んでいたのだが、死ぬ間際。 もうぜいぜい言って意識が朦朧としているとき、私を確認して鳴き声をあげて嬉しそうに起き上がってきた。 もう立ち上がる気力もないはずなのに、私に寄り添って腕をなめた。 それからすぐに息をひきとった。
動物に思いを残してはいけないというが、当時はさすがに辛かった。 泣いて食べ物が喉を通らなかった。 動物にさえそうなのだから親兄弟のときはもっとつらいのだろうな。 親には長生きして欲しい。 実家の仏壇には3歳のとき他界した姉の写真が飾られている。 その仏壇に手を合わせながらそう願った。
2001年08月15日(水)
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