パラダイムチェンジ

2005年12月06日(火) 城島選手のできるまで

我が家では、東京新聞をとっているんだけど、火曜日特報欄に載っている
スポーツライター吉井妙子のコラム「スポーツ招待席」は、ひそかな楽しみ
の一つである。
今回のテーマは、ソフトバンクホークスからシアトルマリナーズへと移籍
を果たしたメジャー初の日本人捕手、城島健司選手についてであった。

中でも、特に興味をひかれたのは、入団早々のエピソード。
以下引用させていただくと、


来季からマリナーズ入りする城島健司が今、英語の特訓中という。最近は
日本人選手のメジャー移籍も珍しくないせいか、彼の移籍はそれほどの
ビッグニュースとして語られていない(略)

入団当時、エースだった工藤公康や武田一浩のブルペンキャッチャーをし
ていたが「お前は下手すぎて投げる気がしない」と拒否されても、「お願い
します。受けさせてください」と何度も頭を下げた。夜は毎日のように工
藤の部屋を訪ね、投手の心理を聞き出そうとした。城島が苦笑いしながら
話したことがある。

「もうストーカー状態。部屋にいるのは分かっているのに居留守を使われ
る。でもあきらめなかった。工藤さんに認めてもらえなければマスクはか
ぶれないので、開けてくれるまで部屋の前で待っていた」

そんな必死さが通じ、しばらくすると食事にも誘われるようになる。そこ
で、バッターを打ち取る術や投手の心理を教えてもらった。(略)



城島捕手が、日本でも有数のキャッチャーになった陰には、工藤投手の
コーチがあったことは割と有名な話だけど、簡単に教えてもらった訳
ではない、というのは、結構ビックリする話で。
工藤投手も何も居留守まで使わなくても(笑)とも思うけど、それだけ
食いついていこうというガッツがなければ、いかに才能に恵まれていたと
しても、メジャーに挑戦できるほどの実力はつかなかったのかもしれない。
でもそのおかげで城島選手の成長と共に、ここ2年は惜しくも日本シリー
ズに出場はできなかったけど、ホークスは99年以降、常にパリーグの優勝
争いに関われる球団になった訳で。

城島選手のメジャー挑戦に関しては、言葉の壁ももちろんあるけど、
千葉ロッテマリーンズのボビーバレンタイン監督が、成功する条件として
真っ先にあげていたのは、向こうの投手のクセとか、習慣になじむことを
条件に挙げていたようである。

でも城島選手は、昨年のアテネ五輪に参加したとき、自分たちの試合が
オフの時には、次に対戦するチームの試合をわざわざ観戦し、自分の目で
対戦チームの傾向と対策を探っていたらしいし、そのおかげで日本チーム
は、銅メダルを獲得できた、ともいえるわけで。

だから、この記事中にもあるように「プロ中のプロと言えるほど24時間を
野球にささげている」と評される彼の熱心さがあれば、きっとメジャーリ
ーグでも活躍できるんじゃないだろうか。

行った先が今季最下位のシアトルマリナーズで、しかも今年まで所属して
いた長谷川滋利投手がいなくなってしまったのは残念だけど、あの弱かっ
た(失礼)福岡ダイエーホークスを常勝軍団に変えていったように、イチロ
ー選手共々、来季の活躍を期待したいな、と思うのである。


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