| 2008年05月22日(木) |
080522_マンションのスラム化 |
ある勉強会で、群馬県の各市におけるマンションのスラム化の恐るべき現状についてのお話を聞きました。今日の講師は高崎健康福祉大学教授の松本恭治先生です。

これからの地方都市のマンション問題のひとつは、入居者が高齢化して行く中で次第に活力を失い、独居化し、そして入居人が亡くなった後には入る人もなく次第に入居者が少なくなってスラム化してゆくという事態です。
そしてもう一つはこれまでに、都市の郊外に林立したマンションの中から、新しいマンションが出来るたびに郊外のそれからは転居し次第に入居者が少なくなって管理費も出ず、管理の手が及ばなくなりスラム化・廃墟化するという過程のマンションです。
前段のケースでは、まだある程度活力のあるうちにワンフロアをグループホーム化するなどの利用で利用を復活させる取り組みが始められたりすることもあり、早い段階からマンションの行く末について住民が対応をしておくことが有効のよう。
しかし後半のケースは、もう建てた業者も倒産していたり、競売でも値が付かなくて、一戸五万円にまで値が下がったケースも珍しくないとか。それでも実際に見に行くともうゴミの山だったり、給水塔がさび付いていたりととても人が住めるような状態では無いものが多いのだそうです。管理費が安かったり修繕積み立て費を取っていないような管理では早晩そういう憂き目をみそうです。
住まいは人が住んでいないと駄目なんです。
結局これらの現象は、少子高齢化という大きな社会構造の変化からくる訳ですが、これに車社会の進展による居住環境の拡散という要素が加わりました。
かつて人口がどんどん増えた時代には、より広くてより安く、プライバシーが確保されるような住まいを求めればどうしても土地の安い郊外に立地する物件がその要望に応えられたわけで、そこには社会的な歓迎ムードもありました。
しかし車がありさえすれば心地よい郊外の住居も、車が使えないようなお年寄りや子供達のような社会的な弱者にとっては非常に厳しい環境です。
市街地に固まった住宅であれば介護をしてくれる人も自転車で回れますが郊外の拡散した居住地では車でなければ回れないということだってあるとか。
来るべき高齢化社会と都市の構造とがうまく調和すればよし、調和しなければ幸せになれない拡散都市になるというのが、過疎を経験した地方都市が得た知見です。
住む人や世帯の数と新築される住居との関係などから、適切な住宅政策が打たれなければ、これからもマンションのスラム化は進むでしょうし、それは「民間の財産だから」では済まなくて、税金を投入しないと解決できないような社会問題にも発展する可能性が高いということです。
「良質な住宅」というのは社会の財産です。上手に造り上手に守って後代に残してあげることが出来れば良質なストックにもなり、逆につまらないものができてしまえば後代には廃墟とゴミの山にもなるということ。
住宅には住宅政策という視点が必要です。
マンションで区分所有で済んでいる方たちは自分のところだけは頑張っても、回りの生活水準が下がってしまえばマンション全体の価値が下がります。「隣は何をする人ぞ」と気取ってばかりもいられません。
棟全体が結束するかしないかで、自分の財産の価値はいかようにも上下するのです。
まずは近くに友達を作るところから始めたいものです。
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