| 2007年01月23日(火) |
070123_物流が産業を作る話 |
来た来たー!日中高い階から外を見ていると、すぐそこも見えないくらいの雪が降りました。 そろそろ本格的な雪の到来かも。
【物流が産業を興す話】 ブログでいろいろなテーマについて書き殴っていると、愛読して下さっている方達からときどき話題を提供してくれることがあります。今日もそんな話題。
ときどきこのブログに登場する知人のSさんが、週末にご夫婦で九州旅行をされたのだそうです。
「どの当たりへ行ったのですか?」 「大分の湯布院と、行ったことのない佐賀県を回ってみました」
「九州の印象はどうでしたか?」 「そうですね、都市間の距離が短いのですぐに隣の町についてしまうんですね。ただ見るものが多くてしかも深い。ですからレンタカーを借りての旅行でしたけど、ドライブ時間が短くて、立ち寄ったところでの滞在時間が長かったですね。それに注意してみたけれど、道の駅があまりないんですよ」
「なるほど、長距離ドライブをするときに格好の休憩所が道の駅というわけですね」 「北海道のドライブ環境との違いを実感しましたね。同時に、これでは『九州全島道の駅スタンプラリー』があったとしても、つまんないだろうなあ、と思いましたよ」
我々北海道に住むものにとっては、都市間距離が長いということは当然のことで、当たり前のことと考えがちですが、本州では全くそうではないということなのです。
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「ホテル・旅館の施設やサービスはどうでしたか?」 「施設はそう差を感じませんでしたが、もてなし心やサービス精神では一枚も二枚も上だなあと感じました。従業員やご主人が去って行く客をいつまでも見送る姿にそういうことを感じました」
こういうちょっとした差の違和感を大切にしなくてはなりません。どこもしないから他と同じレベルでよい、と考えるのではなく、だからこそ一歩上を行くサービス精神の向上を願い続けたいものです。
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「それでね、陶器の博物館へ行ったら随分面白い話をしてくれたんですよ」 「おや、それはなんでしょう」
「そのご主人が、伊万里やら唐津などここいら一体で作られた焼きものは、独特な梱包をされて、遠くヨーロッパまで船で運ばれた、という話をしてくれたんですよ」 「ほうほう」
「船で運ぶと言えば、こままささんは今雪氷輸送ということで、東京からの荷物を積んだトラックが北海道で帰り荷がないので、そこで氷を運ぼうじゃないか、という調査をやられているでしょう」 「そのとおりです」
「そこでね、あんなに重たい陶器をたくさん積んで船のバランスを安定させて、はるばるアフリカの喜望峰を超えてヨーロッパまで運んだとすると、(それならばヨーロッパからの帰り荷は何だったのだろう?)と思ったんですよ。それで説明をしてくれたご主人に『その陶器を積んだ船は何を帰りに積んで帰ってきたのでしょう?』と訊いてみたんです」 「おお、それは面白い!」
「そうしたらそのご主人が『うむ!そういう鋭い質問をしてくれたのはあなたが初めてだ!』と上機嫌になりましてね。喜んで説明をしてくれたところが、『ヨーロッパからの帰り荷は実は砂糖だったんですよ』ですって。それで長崎あたりでカステラが有名な菓子になったというのは実は焼きものを運んだ物流の裏返しだったということだったんですよ」
実に興味深いお話しですね。こうした産業振興の陰に物流の流れがあったということはよくよく話を聞かないとわからないものです。
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私の大好きな歩く民俗学者宮本常一さんの名著に「塩の道」(講談社学術文庫)があるのですが、この中に「樽」の話が載っています。
樽は今から600年あるいはそれ以上前に、日本に竹による「タガ」の技術が入ってきます。このことで、良質の杉材が手に入り、かつ竹の手にはいるところで桶や樽をつくるようになってきます。
その有力な産地が吉野杉を背景にした大阪で、堺や西宮地方を中心に酒の醸造が興ってきたのだそうです。
しかもその酒を樽ごと江戸へ運んでくると、酒を運んで空っぽになった樽を大阪まで持って帰ることはせずに江戸へ置かれます。そこで置かれた樽を利用して、今度は江戸の郊外で漬け物が発達するようになったのだそう。 練馬を中心にした大根付けや菜っ葉の漬け物はそういう起源があったのです。
一方、そういう桶や樽を利用して千葉県では醤油の醸造も発達したのだそう。物流が地域の名産品を生み出すというのは、歴史のアヤなのかもしれませんが、これもまた我が国の文化の背景なのです。
うーん、物流も奥が深い。今度カステラを食べるときは、じっくり噛みしめて味わうことにいたしましょう。
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