妹が県展に出品するので家族全員でつきそい。 つか、おまえ、そんなもん県展に出すなよ。 紙張り付けるならせめて見栄良くトリミングしましょうよ。
ついでに、クイズDEアートなる展示を見て皆で3分ほどお絵描きして(私は犬つき妹の似顔絵姉妹は犬の絵)市立美術館へ向かう。 歩いて大堀へ向かったら、むちゃくちゃ遠かった。 ミレー3大名画展(7月24日〜9月26日)見ました。
ミレの絵が展示の目玉なので仕方がないけれども、みんな落穂拾い見過ぎ。落穂拾いの前だけ列がまったく動かない。 一体どこをそんなにしげしげ見てるんだ? そのわりに晩鐘と羊飼いの少女は群がりが少なかったのは、やはり落穂拾いが馴染み深い絵という証拠なのか。 展示してあったミレ作品の中では、「慈愛」が好きだな。あの画面の端っこにこっそりいるじいさんがいい。 あとはアレクサンドル・アンティーニャの「立ち往生」のおいさんの指とカミーユ・ピサロの「白い霜」の色が好きだ。
写実主義とかいって、写真なみにそっくりに描いている絵が多かったのだけど、こうなると、絵である意味ってなんだろうと思う。 描く方じゃなくて見るほうが。写真じゃ駄目かい? 絵と写真の違いとか、つらつら考えてみたり。
ただ、うわーお本物そっくりって言うだけじゃなくて、顔をあげる寸前、振り返った直後みたいな、空気を切り取った「コレが描きたかったんじゃい」という絵はやはり良いな、と思う。 まあ、写真でもそういった「この一瞬が好きなんじゃい」というのは良いな、と思うのですが。 ああ、絵だと自分の「いいな」を形にするのに描くものがあればいいわけか。
で、結論は、好ましいかどうかだよね、ということで。
帰りにげんこつ酢豚を食べました。お店の内装がとても素敵。値段も素敵にお高くていらっしゃる。でも、んまかったです。香酢ばんざい。
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