道化者の憂鬱...紫(ユカリ)

 

 

ハードSMクラブ - 2005年02月13日(日)

昨日、M嬢に100の質問に答えたのだが、
そして、一昨日、ハードSMクラブの話しを
今日書こうとしているので、今日は、そのハード店の
話しを書こうかと思う。

まぁ、その店はSM愛好家達だけが、読む雑誌にだけ
広告をしかも小さく白黒で安っぽいページに一言だけ
書いてある様な店だった。もちろん、在籍の女の子の
写真もなければ、マンゾクとかナイトウオーカー(風俗紹介雑誌)
とかにも、広告を打たない店だった。そして料金説明も、時間で
幾らとかプレイ内容とかも書いておらず、強烈なキャッチコピーと、
電話番号と、M女求む、と店名しか書いてない様なそんな店だった。

しかし、行ってみたらむちゃくちゃ居心地の良い店で、
かなりそこに在籍していた。
いわゆる老舗の店だった。
規則とか、まぁ常識的な範疇ではあったけれど、それ以外は
在籍してる他の娘達と、SM談義の出来るとても良い店だった。
料金も高めだったけれど、それなりに面白い所があったとは
思う。客層も高いだけあって、それなりに良かったし、プレイ
も、面白かった。そして、オーナーも女の子もお客さんも
みんながとても優しかった。

だから、仕事の休みの前の日の夜に行って、オーナーの手作り
ご飯を食べて、そのまま眠って、翌日、指名が入ったら起床って
生活をかなり長くやった。
その当時のお客さんが、昨日の質問で書いた、私のパートナーで
あり、今でも最初に会った日の事は、忘れてはいない。
途中のプレイ内容は、頭がぶっ飛んじゃったので、忘れては
いるが、ドアを開けてからの30分くらいまでの記憶は、今でも
強烈に残っている。
まぁ、あの人の話は良いとして・・・。

ここで会った、強烈なお客さんは、何と行っても奴しかいない。
私は、その頃「羞恥系」で売っていたので、それを目当てに
来るお客さんがいて、しかもまどろっこしいストーリープレイ。
いつも吐き気のする下らない、ストーリープレイだった。
シャワーを浴びる前に、打ち合わせをして、シャワー中に一人で
どうしたら良いかを考えつつ、時間を稼ぎ、用意された衣装に
着替えて、バスルームから出る時に用意された靴を履き、ノック
してから、プレイ開始だった。

「ユカリの弟には、とんでも無い目に合わせれたなぁ。おい、
 わかってんのか?オレの妹を車で轢いておいて、どうなった
 んだと思ってるんだ?あぁ??」

取りあえず俯いて、下を向いていた。

「この代償をオマエはどうするつもりなんだぁ?ん?」

とか、やくざの組織から逃れようとする、処女の女の子の役
とか、まぁいつもバラエティーに富んでいた。
そして、とにかく台詞はいらなくて、黙って俯いているか、
頷くだけで良いというそういう、どうしようもない内容だった。

この、弟編の時はどういう訳か、テニスルックだった。

訳わかんねぇ。
  
そして、毎回をもって嫌だったのと、可笑しくてたまらなかった
のが、散々、人を辱める様な事を言っておいて、ホテルの備え付け
の、安っちぃ浴衣みたいなのを着て、ソファーの上で自分で
M字開脚して、「さぁ、アナルを舐めろ。」って言う姿が滑稽で
いつも、面倒っちぃなぁと、思い、散々、人の事を恥ずかしい奴だとか
言っていた奴が、自ら恥ずかしい格好をしてるのが、下らなくて
可笑しくて、毎回、吹き出すのをこらえていたのが、印象的だった。

もう、本当にコイツとプレイするのは、金を貰っても嫌だなぁ
って思う度に、必ず予約が入るっていう悪循環だった。

あの店では、本当に色々とお勉強させて貰った。

他には、着せ替え人形代わりにされたりとか、ロリコン趣味の奴
とか、縛られたり、吊されたりとか、ずーっとフェラとか、ずーっと
スパンキングとか。まぁそれなりに、本番以外は、何でもアリだったので、色々やったなぁ。
みんな、青痣とか縄跡つけて帰ってきてたもんなぁ。

楽しかった時代です。

しかし、時と共に、SMが認知され始めてから、経営が苦しくなって
多分、あのお店はもう無いと思う。
残念だけど・・・。
オーナーもかなり高齢だろうから。
最近は、広告も出て無いので、とても寂しい気持ちになる。

ただ、色々なお勉強と出合いをくれた、あの店には感謝している。



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