そして、実家へ帰るというN子に紀伊田辺まで送ってもらってえみんこと元巫女は「くろしお」で天王寺へ。 天王寺からは特急をおりて鶴橋。 鶴橋からは快速急行で、我が母校へ。 そこで、えみんこと元巫女の恩師にお会いするのです。
恩師は奈良あたりではマニアックに名の通っているお人で、えみんこはなかなかあがってしまうのです。 まるで、好きな子の前で強気になってしまう小学生の女の子になってしまうのが、学生時代の常でした。
恩師はもちろん仏像や奈良関係の本や論文の執筆、なぜか酒の本の執筆、奈良の史跡保存公開やイベントなどに奔走しているお方です。 特に平城京の保護とか、えみんこが把握していないけど奈良のために先生が奔走しておられたことを他の人の文章から知ったりすることが多々あり、いつもその行動力には驚かされています。
そうです。えみんこのあこがれの人と言っても過言ではないでしょう。
そんな恩師によると、忘れ去ってしまう卒業生の多いなかでえみんこ(ともう一人)は印象に残っている。と嬉しい事を言われてとても嬉しく思うえみんこなのでした。
(なんで、印象に残っているかはなぞのまま。おそらく卒業後に放浪していたのが忘れられないのでしょうけど。仮にもお嬢様学校卒業して彷徨っていたのはえみんこぐらいだろうし)
一緒にいた元巫女は優等生で、しっかり卒業後も恩師の先生には会いに行く事を欠かしていないので、記憶云々は論外ですがかなり拗ねておりました。 そんな先生ラブ!の二人で先生を囲んで(先生のおごりで♪)お酒をいただいたのでした。
呑んだあとはスタバでお茶。
。。。まさか先生とスタバでお茶をする時代がこようとは(感涙)。
えみんこが持参したブローニーカメラで、先生とカメラ話でもりあがる。 やはり、先生もいまのカメラのレンズがつまらないとおっしゃってくださっていて、レンズによって特徴ある写真の楽しめたことや、「写っているか、写っていないか現像するまでわからないドキドキ」を楽しんでいたクチでした。
うれしい(T_T)
そんなことロモカメラ関係者以外の口から、初めて聴いたよ。
奈良写真の大家である入江泰吉さんもローライフレックスという二眼レフブローニーフィルムでお写真を撮ってましたしね (だからといって、えみんこの写真がそういったものかというのはまた別のお話)。
で、ほっこりしながら今日のお宿である奈良の猿沢の池のほとりのホテルへ。
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