Spilt Pieces
2003年10月23日(木)  崩
いつも学校へと向かう道に、葬祭式場がある。
その前にはなかなか変わらない信号があって、いつも足止めをくらう。
見たくなくても、喪服を着た人々がぞろぞろと出てくるのが目に入る。
花輪の数と、泣く人の数が、日によって違う。
亡くなった人が違うのだからそれは当然なのだろうが。
ただの通行人の私には、雰囲気だけが静かに流れてくる。
雨の日などは、特に。


高校に上がってすぐの頃、中学校で離任式があるというので出かけた。
私は中学校が嫌いだった。
でも、部活でお世話になった先生に会いたくて、隠れるように体育館の後ろの方から式を見ることにした。
どうして卒業してすぐに転勤になってしまったのだろうと、軽く不満を抱えつつ、唯一中学校へ足を運ぶ理由になりえた先生の最後の挨拶を聞く。
どういう順番で先生たちが壇上に立ったのかは覚えていない。
ただ、忘れもしないのは、養護学級の担任をしていた先生が話をしていたときのことだった。


その先生は、いつも髪の毛がぷかぷか浮いていて、生徒たちはいつもカツラだと言っては噂にしていた。
優しい人で、私は怒っているのを見たことがない。
自分の服装や格好には無頓着だったのだろう。
ただそれでも穏やかに笑うのがとても似合う人だったから、性格的な悪口を言う人は誰もいなかった。
離任式、壇上で話し始めた彼の言葉は、やはり心地よい優しさを漂わせていた。


突然、大きな音が鳴った。
体育館の後ろの壁に寄りかかるようにしていた卒業生の位置からは、何が起きたのかが全く分からない。
しかし前の方がざわついているし、今この瞬間まで話をしていたはずの先生の姿もない。
さざ波のように、何が起きたのかが伝わってくる。
「先生が倒れたらしい」
分かったのは、それだけ。
しばらくすると、救急車のサイレンが近づいてきた。
他の先生たちは騒ぎ始める生徒たちを制するのに奔走していた。
後ろの方の卒業生はやたらと静かで、その空気に飲み込まれそうだった。


夜、家の電話が鳴った。
使わなくなったはずの中学校の頃の連絡網。
倒れた養護学級の先生は、病院に運ばれてそのまま息を引き取ったという。
俄には信じられないような出来事。
だって、つい数時間前まで、立って、喋っていたのに。
最後、何を話していたのかさえ覚えていない。
新しい地で頑張りますというようなことだったんだろうか。


その先生と話したことはあまりなかったけれど、私は好きだった。
授業が上手なわけでもないし、騒ぐ生徒を抑えるだけの気の強さもなかった。
いつも穏やかに笑っている、ちょっと髪の毛の浮いた優しい人。
他の先生たちとそんなに仲良くないのも知っていた。
だけどきっと先生たちは追悼の言葉など偉そうに言うんだろうなと思っていたら、やはりそうで、「生徒たちに見守られて亡くなったのだから、本当にあの先生らしい」というようなことを言った。


お葬式の場所は、現在いつも通る道にある葬祭式場。
後にも先にも、そこへ入ったのはそれ一回きり。
制服姿の中学生と、高校生と、先生たちと、家族の人と。
会場はごった返していて、遠くに見える、花に囲まれた遺影に手を合わせるくらいしかできなかった。
そのとき初めて、奥さんと子どもがいることを知った。


ぼんやりとした記憶、暗くて広い空間。
高校に入学して一年くらい経って、中学校のときのクラスメイトが亡くなった。
一緒のクラスだったという記憶があるだけで、話したことさえない男の子。
交通事故だったという。
親しくなかった私が知ったのは葬式が終わってからだった。
行けなかった。
風の噂では、焼かれたのは先生と同じあの式場だったという。


大学に入って、何となく避けていた式場前を毎日のように通る。
行ったお葬式、行けなかったお葬式。
記憶があるかないかではなく、ただ、何となく嫌な場所だと思った。
自分にとっては「特別」なのに、連日同じことが繰り返されるから。
誰かの死が、小さいもののように思えてしまう。
毎日毎日、誰かが泣いている。
でも、その誰かが私ではないから、今日も通り過ぎるだけなのだと。


その葬祭式場がある日、工事用の幕で覆われた。
改装工事でも行うのかと思っていたら、幕の後ろは気づくと粉々のコンクリートで埋め尽くされてしまった。
いくつの涙を吸い込んだのか、そんなことにはお構いなしに、残骸化していく。
怖い場所だ、と思っていた。
悲しい場所だ、と思っていた。
でも、そんなのは周りが決めたことであって、建物はただのコンクリートだった。
ガラガラという音が、聞こえないのに響いてくる。
つい最近まで入り口で車の整理をしていたおじさんもいなくなった。
工事用のトラックが走る。


次はどこが悲しみを吸い込む場所になるのだろう。
信号待ちをしながら、崩れていくあの空間を見つめていた。
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