2010年04月02日(金)  みんな嫌いでみんな好き。
 
私は人を評価することができない。なぜならばその人の長所しか見つけ出すことができないから。
 
評価とは、事物や人物の善悪・美醜などの価値を判断して決めることだが、私はあらゆる人の善と美しか見ることができない。これは看護師という職業上、症状や障害よりも残された機能をどう生かせるか考えることにおいて非常に重要な観点で、実際に臨床現場でもこの視点は有益に作用しているのだが、長所しか見えないという根本理由は全くの別問題で、要するに私は人が嫌いなのである。
 
私は人が嫌いだ。これは紛れもない事実である。理由はわからない。しかし私の中では人が嫌いという決定的な事実が存在する。これからもこの事実はきっと揺らぐことはないだろう。
 
この「人嫌い」という救いようのない確固たる事実を基に人生を送らなければならぬ時、会う者全てを嫌っていては生活に支障をきたすことは明白で、生きていくためにはこの欠点を克服し、社会に適応していかねばならない。
 
私は会う者全て、皆一様に嫌悪している。そうすると常に潜在しているこの巨大な揺るぎなき嫌悪によって、微小な憎悪が全く見えなくなるのだ。
 
真っ黒に塗りつぶされた巨大なキャンバスに、茶色やグレーは目立つことはなく、白色や金色だけが、やけに映えて見えるのである。
 
根本的に人が嫌いだから、皆一様に大好きなのである。常に漆黒の闇に包まれている私の視点からは、白色や金色しか認めることができない。その結果として人の長所しか見つけることができず、全ての人を本当に好きになることができるのである。
 
皆、人が好きだから、自らのキャンバスが穢れることを畏れる。
 
私はキャンバスが穢れているから、綺麗な色を意識することができる。
 
みんな嫌いでみんな好き。他人から嫌われない理由はここにある。
 

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