2007年01月27日(土)  産む機械。
 
柳沢厚労相が女性を「産む機械、装置」なんて言って世の中騒いでいる。「産む機械、装置」という例えが悪いということで、皆かどうかはしらんがマスコミと野党はカンカンに怒っている。
 
「15〜50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、機械と言っては何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」
 
これが問題となった発言だが、この話の前後に何を言ったのかわからないが、この発言のみを読んだ場合、さすがに例えが悪すぎる。文句言われることを前提にして言ったとしか思えないくらい悪すぎる。例えというのはその人のセンスに由来するものだから、悪気はなかったのだろうけどこの人はそういうセンスがなさすぎたのだ。
 
だったら何と言えばよかったのだろう。どう例えたらよかったのだろう。と、そういうことはどの記事にも書いてないしニュースでも言ってないので、一人で考えることにした。
 
「産む機械」まず、この機械って「命」や「温かみ」「母性」などと程遠いというか対極に位置するような言葉をチョイスしたのがいかん。あの生命の神秘を感じざるを得ない妊娠・出産という行為を、自動販売機に金入れてボタン押してジュースが落ちてきたみたいな感覚と同様に扱っていると捉われかねないので、機械、装置ならびにその同義語は避けなければいけない。
 
この発言の要点は「女性の数は決まっている」ということなんだけど、出産は女性一人でするわけじゃないので、もちろん男性の数も決まっている。ということは、女性ばかり出産の問題に焦点を当てるのではなく、男性の協力も不可欠という意味を込めなければいけない。ということを踏まえて僕は考えた。
 
「チェスは片方の駒だけ揃ってたって勝負にならない」
 
柳沢厚労相はこう言えばよかったのだ。責任ある立場の者は言葉をぼかすに越したことはない。聴衆は「何言ってんだこの人は」みたいなリアクションを取るであろう。しかしそれでいいのだ。こんな大問題になるよりは、こんな意味不明な言葉で煙に巻く方がどれだけ良いことか。
 
僕はそうやって生きている。
 

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