2007年01月06日(土)  ボクアラサー。あと色気の話。
 
昨日は1976年前後に生まれたネット起業家のことを「ナナロク世代」と呼び、僕は1976年生まれだがネット起業家ではないのでナナロク世代とは呼ばないというどうでもいい日記を書いたのだが、じゃあ僕は「アラサー」かもしれんねと思ったけど、アラサーでもなくて残念。
 
アラサーというのは、「アラウンドサーティー(30歳前後)」の略らしく、アパレル業界で使われ始め、一般にも徐々に浸透されている言葉らしい。1990年代半ばの学生時代にルーズソックス、プリクラ、ポケベル・PHS、茶髪といった流行の洗礼を受け、次々に社会現象を巻き起こしてきた世代で、現在は30歳前後になり結婚や出産を迎える時期だが、落ち着きたくないだの守りに入りたくないだのという気持ちが強く、ファッションに興味を持ち、自分磨きにも熱心な人達のことを指す言葉らしい。
 
というわけで僕は確かにアラウンドサーティーつかジャストサーティで略してジャサーなんだけどそういう言葉はないし、結婚や出産を迎える時期に結婚して子供も授かったので、落ち着いているし守りに入っている。ファッションだって昔ほど高い服を買うわけでもなし、自分磨きよりもお風呂で我が子を磨くことに命を懸けている。
 
アパレルメーカーはこの世代に対する新しいカジュアル感とセクシーさを加味した従来にない「通勤着」ブランドを創出しているらしいが、もう僕はカジュアル感だけで十分で、セクシーさ、男の色気みたいなものはもういらない。
 
自分で言うのも何だが、昔っていうか結婚するまではそれなりの「色気」みたいなものがあったように思う。酒を飲みながら何かいい雰囲気を作りだす色気。何気なく話しているだけで、いつの間にか相手をその気にさせる色気。
 
まぁ色気がなくなった今だから書けることだけど、あの当時は確かに自覚できる自分の色気のようなものがあった。モテるというよりも、惹きつける何かがあった。この前、文学フリマの後、一緒にお茶をした女性がその日のブログに、僕のことを「文学は色気だと思った」と表現しており、おお、無自覚で限りなく自覚的なあの色気がまだ僕には残ってるかもしれんと嬉しく思ったけれど、もう昔のように自覚できなくなっているし、あの女性は僕のことではなく僕の文学について色気があると表現したのかもしれんし、御ハナは毎晩8時にお風呂に入るので、昔のように夜遊びもできんし既婚者だしそもそも色気があったって使途がない。
 
というわけでナナロク世代でもアラサーでもなく、色気を失い家庭を手に入れた僕は一介の父親になって、せめて文章の中だけはほのかな色気を残していこうと、日々こうやって文章を書いているのだけど、もう自然に家庭染みちゃってどうもいかんね。
 

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