2006年09月04日(月)  青年の主張。
 
総婦長さんから総婦長室に呼ばれ、ああ今日は何を言われるんだろうとドキドキして行くと、最近うちの病棟に入職した職員の様子を訊ねられた。まぁ僕みたいな使えない主任に聞くよりも、婦長さんに聞けばいいじゃんと思うけど、総婦長さんはきっともう婦長さんから様子を聞いているはずで、僕からの意見も聞いて入職者の様子を総合的に判断しようとしているのだ。
 
「よくやっていると思います。患者さんに対しても優しいし、精神科の基本的な知識も持っています。経験もあるので病棟に慣れるのも早いと思います」と、意見を述べると、「まぁあなたに聞いたって人のこと悪く言わないからねぇ。あなた人のこと悪く言ったことないでしょ」と総婦長さん。その場ではヘラヘラ笑って明言を避けたが、このことに関しては自分なりにしっかりと考えている。
 
確かに僕は人の悪口を言わない。悪口を言う前に人のことを悪く思わない傾向が僕にはある。かといって騙されやすいわけではなく、人の言うことは半分聞いて半分は今日の夕食を考えているような人間である。僕の場合、悪口を言わないということは、悪く思っていないということで、実際は悪く思っていないのではなく、ただ人に対して甚だ無関心なのだ。
 
関心があるからこそ悪くも言いたくなる。仕事では「関わっている」からこそ悪くも言いたくなる。これまで書いてきたように、僕はストレスで皮膚病を患うような若干メンタル面が弱い人間だから、周囲から絶えず受けるストレッサーをできるだけ軽減するように自己防衛が働く。その結果が僕の中にある「他者に対しての関心のなさ」の本質なのだ。
 
それは決して優しさとか素直さなどと履き違えてはいけない。悪口を言わない結果として優しさが生まれるとしても、それは無関心に依るものだから本質的に全く違う。それでも他者は個の内面まで覗かずに、結果だけを見て判断しがちで、主任は優しい、素直だなどの評価が生まれる。で、それを甘んじて受け入れるあたりが僕のずるいところであって、常にそうした自己矛盾を抱えながら僕は生きているのである。なんだこの未青年の主張みたいな日記は。
 

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