2006年08月17日(木)  僕はなぜサイダーをもらうのか。
 
まぁとにかく僕はよく物を貰う人である。いろんな人から実に様々なものを貰う。
 
先日、他の病棟の婦長さんから「毎日よく頑張ってるわね。あとでサイダーあげるからうちに来なさい」と言われて、サイダーあげるから来なさいて。子供じゃあるまいし。サイダー貰いに来ましたーなんてよそ様の病棟に行けるわけないじゃないか。しかしなぜサイダー? と、頭を傾げながら結局取りに行かなかった翌日、「どうして昨日サイダー取りに来なかったの!」と僕は怒られてしまいました。
 
で、サイダー貰いに来ましたーなんつってよそ様の病棟に行くと、よくぞ来てくれましたとばかりに満面の笑みを浮かべた婦長さんにビニール袋いっぱいのサイダーを貰った。1缶だと思ったのに。1缶だけでも意味がわからないのになぜビニール袋いっぱいに。
 
サイダーいっぱいのビニール袋を提げて病棟に帰ると、うちの婦長さんに「あなたそれどうしたの?」と訊ねられて、仕事中によそ様の病棟に行って、そこのトップの人からサイダー貰ったんですとは言えずに、仮に言ったとしても信じてもらえそうもないのでただいつものようにヘラヘラと笑っていました。
 
そしてうちの婦長さんには今日、ビニール袋いっぱいの果物と、あと食料品をいくつか貰った。あと先月くらいに書いたとある店の栗まんじゅうを死ぬ前にもう一度食いたいと仕事が暇になる度に呟いていたのを聞いていたヘルパーさんがその栗まんじゅうをいっぱい買ってきてくれた。いつも料理を教わっているヘルパーさんからは、離乳食を作るのに便利だからとえらい高そうなミキサーを貰った。
 
とにかく人からいろんな物を貰う頂く譲り受ける頂戴する。この「物乞い」というスキルを磨けば、それだけで暮らせるのではないかというくらい物を貰う。
 
まぁ乞いているわけじゃないんだけど、僕は「こいつに何かやらなければ何だか心配だオーラ」のようなものを自然に発しているのではないかと思う。
 
苦労してきた人間特有の苦労顔をしているのだと思う。僕もまぁ自慢じゃないし自慢にもならないけれど、幼少の頃からえらい苦労を強いられてきたせいもあって、苦労している人、もしくは苦労してきた人はなんとなく感覚でわかるようになった。そういう人たちが僕のオーラを敏感に察知して、何とかしてやらんければと思わせてしまうのである。
 
今日はこんなん貰ってきましたー。と、バッグの中からごそごそと貰い物を次々に出すと、妻はなんてあなたは貰い物が多い人なんでしょうと毎回驚いているが、そういうわけなんです。と、僕の仕事中にこの日記を読んでいるであろう妻に。パパは今日もお仕事頑張ってますよ。
 

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