2002年04月08日(月)  先生と呼んでみた。
彼女は僕の部屋に、分厚い書類の入ったバッグとノートパソコンを持って来た。
「今日は、仕事をさせて」
と言ってテーブルにノートパソコンを広げて仕事を始めた。
 
僕も職場から持ち帰った仕事があったので、
キッチンのパソコンに座って書類の作成を始めた。
 
雨上がりの月曜日の静かな夜の小さな部屋にはキーボードを叩く音だけが聞こえた。
時々「ガム食べる?」「ジュース飲む?」という会話以外、会話らしい会話はなかった。
 
彼女は日頃コンタクトを使用していて、メガネを全くかけないけど、
今日はメガネをかけて、時々口を尖らせて、頭を傾けて、ディスプレイを睨んでいた。
日頃メガネをかけない人がメガネをかけている姿を見ると、なんだか特別な気分になる。
彼女のメガネとノートパソコンと指先と普段着が、全て特別に見えた。
 
彼女より先に仕事が終わったので、ソファーに横になって小説を読み始めた。
「○年○組 学級便り」
小学校で担任の教師をしている彼女は学級便りを作成していた。
 
僕は小説を閉じ、天井を眺めながら
彼氏の部屋で、「学級便り」を作成する担任の先生について考えてみた。
僕が小学5年生の頃のメガネをかけたあのキレイな担任の先生も
夜になると彼氏の部屋でこうやって「学級便り」を書いていたのだろうか。
「もう少し子供に伝わりやすい文章で書いたほうがいいよ」などと言われて
頬を膨らませていたのだろうか。
 
そういえばあの時の担任の先生も、ちょうど今の僕達と同じ年齢だった。
あの先生も彼氏に嫉妬したり喧嘩したり嫉妬されたりしていたのだろうか。
 
何年経っても担任の先生は担任の先生であって、
何年経っても担任の先生のことを考える時の僕は小学5年生であるけれど
 
25歳の現在の僕は、どこかの小学5年生の担任である彼女が書く学級便りを見ながら
タバコを吸って、ビールを飲んでいたけれど、
突然、小学5年生の僕と25歳の僕が重なって、1つになって、
左指に挟んでいるマイルドセブンと右手に持っている一番搾りが不自然に思えて
タバコは灰皿にもみ消して、ビールは台所へ持って行った。
 
ビールを捨てて部屋に戻り、そこに立ったまま
「先生」
と呼んでみた。
 
彼女は自然にメガネの奥から僕を覗きこむように
「なに?」
と答えた。
 
僕の部屋に、あの頃のキレイな担任の先生が座っていた。

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