2002年03月04日(月)  面倒がとても臭い。
ゲイの友人がいる。
僕はゲイじゃないけど、その友人とは結構仲が良い。
 
普通に話をしている限り誰もゲイとはわからない。
普通の格好をして、普通の動作をして、普通の話し方をする。当然だ。
ゲイの人が全員裸で革のベストを1枚着ているわけではない。
 
昔、2人で飲みに行って、ワインを2本ほど開けた後、
「僕は一生結婚できないかもしれない」と友人が突然言い出した。
僕は何のことだかわからずに、かといって理由も訊ねずに
「あぁ、そうなの、今は一生独身でもそうおかしくないからねぇ」
などと酔っていたから深く考えずに返事していたら
「実はね・・・僕、ゲイなんだ」
と衝撃の告白をされた。
 
この友人とゲイの話をしたのはそれきり。
ゲイとわかったからって、僕たちの関係がギクシャクすることはない。
僕はどう転んだってゲイになることはないし、友人は僕に対して「男」として見ているわけではない。
  
まぁ、しかしゲイの人もいろいろ大変そうである。
「ゲイ」というだけで、一般的な、形而上的な、「ゲイ」という人格が与えられるのだ。
こればかりはどうしようもない。逃れられない。
勝手に、他人から、思いもしない評価を与えられるのだ。これはたまらない。
 
どう?大変でしょ?
 
「う〜ん。そうでもないよ。それって偏見だよ」
 
う〜ん。そうなのかぁ。これが偏見なのかぁ。
というわけで、僕はこの友人とは、一切ゲイについての話をしなくなった。
あえて話をしないことこそが、偏見なのかもしれないけど、
そんなこと考えていると、なんだか面倒くさくなってきて
いつの間にか今日の夕食のことや明日の仕事のことを考えている。
  
僕は、いつも最後には面倒くさいで物事を終わらせてしまう。

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