2001年11月17日(土)  アンビリーバボー。
少々季節外れのような気もするけど、今日は心霊写真の話。
心霊の話ではない。心霊「写真」の話。
 
「恐怖の写真特集」などありきたりの番組には必ずありきたりな心霊写真専門家が登場する。
一体どうやって、どのような経験をして、どのような手順を踏んで心霊写真専門家になるのかわからないけれど、
とにかく世の中には心霊写真専門家という人が存在する。
 
僕はその心霊写真専門家という人々をどうも信用できない。
胡散臭い。私しか知ることができないのよ的傲慢さを感じる。
 
神妙な顔して地味な服着て偏屈で小太り(なぜか小太り)で、
「これは林間学校に行きたかった死んだクラスメイトの霊です」
「このトンネルで不慮の事故で亡くなった人が無念の思いで生き霊となって彷徨っているのです」
「これはヨロイ武者の霊です。このヒゲらしきものを見て御覧なさい。ほら、武士の顔をしてるでしょう」
など平然と言う。
 
あなたは写真に映っている霊の顔(もしくは手)を見ただけで、
どうしてそこまでわかるのですか?
 
「なんでこの風景にこの顔が写っているか解からないけれど、とにかくこれは霊に違いありません」
こういうセリフの方がまだ信憑性を感じる。
 
林間学校やら不慮の事故やらヨロイ武者やらそういうサブストーリーは胡散臭いだけですよ。
 
それじゃぁ、それじゃぁですよ。うーん。例えばね、
僕がディズニーランドで彼女とミッキーマウスと並んで笑顔で写ってる写真見せるとしますよ。
心霊写真専門家のあなたは僕を見て僕のサブストーリーを分析できますか?
 
「うーん。とても幸せそうに写ってますね」
ブッブー。ダメー。不正解〜。没収〜。
正解は「彼女とミッキーマウスと並んで笑顔で尿意を我慢している図」でした〜。
 
心霊写真専門家のあなたは、僕の尿意を写真で判断することができない。
それなのに、心霊写真の顔の一部とか腕の一部とか見ただけで
林間学校やら不慮の事故やらどうしてわかるのですか。
 
笑顔で写っているのが真実で、
腕の一部が真実なのです。
 
人の尿意も分析できないくせに腕の一部分が写ってるだけで
無念の思いとか生き霊とかおぞましい言葉を使わないで下さい。
 
僕はとっても怖がりなんだから。

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