2001年09月15日(土)  細分化された役割について。
おそらく人は、それぞれの日常生活を送るために
ある程度の自分なりの方向性を持っていると思う。
将来の夢などの方向性ではなく、社会に適した傾向の方向性というような。
  
職場の先輩に訊ねる。先輩の方向性は何ですか?
「とにかく妥協しない」
さすが先輩である。他人に優しく自分に厳しい代表格。
    
後輩に訊ねる。君の方向性は?
「人には常に敬意を持って接するようにしています」
なかなか立派な事を考えているんだな。
常にリスペクトの念を忘れないということは対人関係にとって重要なのだ。
  
友人に訊ねる。あなたの方向性は?
「ビデオを延滞しない」
知らんがな。
  
僕の方向性は?
  
「余計な事は言わないが大切なことも説明しない」
  
これが僕なりの社会に適した傾向の方向性である。
卑怯者と思う人もいるかもしれないが、「日常」という世界を成り立たせるには、
こういう役割を担う人も必要なのである。
  
社会は自分1人では成立しない。
自分に妥協しない人も必要だし、人に敬意を持って接する人も必要だし、
余計な事ばかり言う人も必要だし、的を射たことばかり述べる人も必要だし、
余計なことも大切なことも言わない人も必要なのである。
  
社会の役割分担は細分化され、その役割を自覚し、その役に徹し、
僕達は生きていかなければならないのである。
  
人生にこれ以上変化を求めたくなければ、
天より与えられたその役を文句など言わずに演じきればいい。
  
自分を変えたければ、その逆のことをすればいい。
 
   
自分の役割を放棄して、ビデオを延滞すればいいのだ。

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