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| 2001年09月07日(金) 軌→跡・奇←跡 |
| 先日、とある女性の痴呆の患者さんが退院した。 正確には病状安定の為、療養型病床群へ転院した。 入院期間約2年。2年か・・・。 サマリー(看護連絡表)を記入しながら呟く。 入院当初から言葉を発しない為、意思の疎通が計れず、 声を掛けても、手を握っても、首を降ったり、払いのけたり、 点滴を入れたら針を抜いたり、鼻腔カテーテルを入れたら自分で抜いたり。 食事も自分では食べることができなくなった。 スプーンを投げ、容器をひっくり返す。 看護婦さん達までもが匙を投げていくなか、僕は根気よく、その患者さんに接し続けた。 例え反応が返ってこなくとも、白衣に牛乳を吐き出されても、腕をつままれても、 食事介助に1時間要しても、2時間要しても。 根気よく。この状況では看護の知識や技術なんて求められない。 ただ、根気よく。怒りを忘れ憐れみを呼び辛さを捨て癒しを与える。 数ヵ月後、自らスプーンを持ち出して、食事を摂りだした。 やはり時間を要するとしても、大きな大きな一歩。 アルツハイマー型という全回復が望めない疾患。 僕達の仕事は、如何に進行を遅らせるか。 脳が萎縮しないために、声を掛け、歌を唄い、手を屈曲させる。 「ごちそうさまでした」 自ら声を出し、両手を合わせ、頭を下げる。 努力が報われたなんて思わない。この仕事は常に能動的なのだ。 現状で満足したら、そこで、はいおしまい。 そんなことわかっていても、涙は出る。職場でも家に帰ってからでも。 あれから数ヵ月後。進行は止められず、一日中、狭い病室の天井を見上げる生活に戻ってしまった。 もう、自分でスプーンも持てない。「ごちそうさま」も「おはよう」も発することができない。 「お別れです。あっちの病院でも元気でね」 反応が返ってこなくとも、耳元で囁く。そして奇跡が生まれる。 患者さんが・・・手を・・・握る。 強く、強く、離すことなく強く、僕の(いろんな意味で傷ついてしまった)手を握り締める。 「もう・・・あっちの病院の人が迎えに来てるよ」 反応が返ってこなくとも、耳元でささやく。 この仕事は常に能動的なのだ。現状で満足したら、はいおしまい。 そんなことわかっている。 涙は止まることなく出るけれども。 |
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